全日本鍼灸学会学術大会に行ってきました

  • 2017.06.26 Monday
  • 22:45

去る6月10,11日東京大学本郷キャンパスを会場に行われた、全日本鍼灸学会東京大会に行ってきました。

今回は息子のポスター発表もあったので、それも楽しみにして行きました。

 

私は鍼灸学校卒業の年に漢代の古典籍(黄帝内経)のインデックスを作って発表したのですが、

奇しくもその36年後に、息子が鍼灸の古典に関する研究発表をやることになるとは当時夢にも思っていませんでした。

私が買いあさっていた中国の古代文献群が今回役に立ち、感慨深いものがありました。

また、これが終わって帰宅したら、恩師家本誠一先生から最新の御著書「中国古代医学大系」を頂戴し

益々古典の勉強にも力を入れていかねばと励まされた月でした。

 

直虎 LOVE 自灯明

  • 2017.04.18 Tuesday
  • 20:58

自灯明


 第13回のNHK大河ドラマ「女城主直虎」の名場面

 

 領内の村から借金棒引きの嘆願がだされた。それに対する奇策を思いついたものの本当に実行して良いものか悩む直虎。相談に乗った南渓和尚の言葉が私の心をとらえた。 

 

 直虎の考えた奇策とは、銭主(貸し主)である瀬戸村の方久という商人に領地を与え、その領民を使って商売をさせることで年貢を増やし、それを借金の返済に充てると云うもの。それを聞いた南渓和尚は、「わしは相当におもしろい考えじゃと思うが、何を迷う」と尋ねる。

 

直虎は「あのようなことをして許されるのかと、、、」と案じる。

 

「許されるも何も、おぬしには筆一本でそれが出来る力があるではないか」と和尚は決断を促す。

「私は今まで力がないと云うのは悔しいことだと思うておりました。なれど、力を持つと云うのは、実はとても怖いことなのだと。
私の決めたことがまこととなるということは、、」と権力の影響力と責任の重大さを自覚する直虎に、釈迦入滅前の教えをもって南渓和尚は諭す。

 

「かようなことに正解など無いしのう。結果が良ければ正解とされ、そうでなければ間違いとされる。うまく行くかいかぬかは、だーれも請け負うてはくれぬ。己の信じたものを灯りとし進んでいくしかないのう」

 

直虎はその意味を理解し問いかける。「自灯明。でございますか」

 

それに答える和尚の言葉がすばらしかった。

「自灯明は人の上に立つものの喜びであり、また辛さでもあろうのう」

 

 自営業者は常に経営判断を迫られながら生きている。思い通りにはならない経営に、自分の判断が間違っているのか?自分が乗っている波が悪いのかと悩みは尽きない。寝ても覚めても経営のことが頭を離れない。そんなことを長年繰り返して来ると南渓和尚の言葉が実感として染み入ってくる。

 

「経営に正解などないよ。うまく行けば世間はそれを正解だと言うし、うまく行かなければ間違いだと評価する。にもかかわらず、世間の誰も成功を請け負ってはくれない。だから結局は自分の心に灯る明かりに従って信じる道を歩んでいくしか無いのさ。」

 

 結局経営に正解はない。結果のみで判断される厳しい世界なのだ。しかし、成功の法則がないかと言えばそうではない。商を長く続けることを是とすれば、おのずとやるべき事、守るべき事、してはならないことの原則は確かに存在する。その原則に則ることが法灯明であり、最終的に自分が何を成し遂げたいかによって向かうべき道を決めるのが自灯明となる。自分の心に住む仏性を信じ、それが照らす明かりを頼りに道を進んでいくことが正解のない世界の歩み方だと和尚は諭す。

 

 そして最後に、他人の指示に従うのではなく、自分の心の明かりを頼りに道を進んでいける事は人の上に立つもの(自営業者もしかり)にとっての誇りであり、喜びである。と同時に辛さでもあると深い言葉で締めくくる。

 

 最近事業継承を見据えながら今後の経営の方向性を模索している私にとって、進むべき道を照らしてくれたありがたい内容だった。

直虎 LOVE

  • 2017.03.27 Monday
  • 01:04

第12話にも私の心を捉えた名シーンがあった。

 

次郎が幼なじみの政次に見放され、直親の敵を討とうと槍を持ち出して暴れたシーンだ。

次郎が自分のことを責めてこう言った。

 

「どうしろと言うのじゃ。

われのせいで直親は死んだ。

藤七郎も孫一郎も大爺様も左馬介おじ様も中野殿も

われは災厄をもたらすだけじゃ。われには災厄をもたらす力だけはある。

ならばこれ以外、これ以外われに何ができると言うのじゃ」

 

 

それを見た小坊主が

 

「あの、竜宮小僧では? 次郎様は 井伊の竜宮小僧ではございませんでしたか」

 

と声をかける。

 

そして南渓和尚が次郎にこう諭し問いかける。

 

 

「己を責めたとて死んだものは返らぬ

 じゃが 生きておるものは死んだものを己の中で生かすことができる

 たとえば偲ぶことで    たとえば倣うことで    ときには倣わぬことで    他には 無いかのう」

 

 

その問いに次郎はかつて亀之丞に言った自分の言葉を思い出す。

 

「われが亀の手足となる。いざとなれば太刀を帯き、戦にも行ってやる」

 

そして自分の決意を口にする。

 

「亀にこの身を捧げる。亀の魂を宿し、亀となって生きてゆく」

 

和尚はそれを受け止める。

 

「それが おぬしの答えなのじゃな」

 

亡くなった人を悼むとき、その死に対して自分に責めはないのだろうかと問いかけてしまうことがある。

東日本大震災の時も家族の死に対して生き残った自分を責め続けている人もいる。

そんな人になんと声をかけて良いものだろうかと悩んできた。

そして南渓和尚が私にその答えをくれた。

 

津波が来たとき生死を分けた判断ミスに対して、「なんであのとき戻ったんだ!」と故人を責めたくなり、「何であのとき強引に止めなかったんだ」と自分を責めたくもなる。その二つの後悔が無限に頭の中で繰り返されている人には南渓和尚の言葉は見事な終止符を打ってくれる。

 

「自分を責めたとしても亡くなった人は返らない。でも、生きている人は亡くなった人を自分の中で生かすことができる。

たとえばその人を偲ぶことで、たとえばその人にならうことで、時にはならわぬことで、外には無いかなあ?」

 

判断ミスを犯し、命を失った人を責めるのではなく、亡くなった人のミスにならわないようにすることで故人を自分の中で生かすことができる。今回も素晴らしいメッセージを受け取った放送だった。

 

NHK 大河ドラマ 直虎

  • 2017.03.03 Friday
  • 20:02

 

   大河ドラマ真田丸を楽しく見終わってちょっと気が抜けた。今風に言うと真田丸ロスって所だろう。なので次の「女城主直虎」の番宣を見てもあまりそそられないでいた。そしたら家内が「録画しておいた大河ドラマ見る?」と誘ってきた。こういうときはかみさんの言葉に従っておいた方が無難だ。と素直に応じた。

  

   第二回目は直虎幼少期の頃の話で、井伊家を継ぐために分家の嫡男・亀之丞と夫婦縁組みをするのだが、亀之丞は身体が弱く自分に自信が持てず、幼なじみの鶴丸と比べ「自分は出来そこないだ」と卑下するシーンがあった。それをなだめて励ますおとわ(直虎の幼名)の言葉が私の心を捕まえた。

 

亀:どうせ長くは生きられぬような身体じゃ、ほっといてくれ!
お:亀に何かあれば井伊はどうなるのじゃ。井伊の家督を継ぐのは亀しかおらぬじゃろ。
亀:それも俺でないほうが良いではないか。そうじゃろ。鶴のように頭がよいわけでもなく、おとわのように身体が動くわけでもなく、俺など、ただ伊井の血を引いてるだけの、ただの出来そこないではないか。
ピシャ(おとわが亀之上を平手打ち)
お:われの夫は出来そこないではない。誰よりも笛がうまく人を引きつける笑顔を持ち、なれど本当は人一倍負けん気で、辛いときも決して辛いと言わん。良い男じゃ。もしこのまま身体が強うならなければ、われが亀の手足となる。亀の代わりにわれが馬に乗り村々を回る。いざとなれば太刀を帯(は)き、いくさにも行ってやる。じゃからそんなことを言うな。言うなー

 

   人は、「宿命」や「運命」と呼ばれる自分では動かしがたいものを背負って生まれてくる。それを受け入れどう対応して生きるかによって、その人生の真価が決まる。おとわは、自己卑下する亀之丞にたいし、「あんたが自分を出来そこないと言うなら、その妻になる私はどうなるの?あんたの心の優しさと強さは一級品よ、足らないところは私が代わってあげる。だから私の人生にケチつけないでよね!」と一喝した名シーンだった。

 

   結婚は、他人同士が一緒になるのだから努力なしにうまくいくことなどない。その努力が人を作り大人にする。ある意味博打のような結婚を成功に導くには、なんとしても自分が幸せになる覚悟が必要だ。亭主が妻を幸せにしないでいられなくするには愛情と、尊敬と、奉仕と脅しの四の字固めしかない。とにかく腹を決めて賢くやることだ。

 

   昨今亭主に不満があれば我慢などせず離婚すべきだと言う論調が大手を振っている。しかし、ダメ亭主をおだてて木に登らせるのが妻としての甲斐性だ。自分の結婚が成功だったかどうかはひとえに自分の腕に係っている。

 

   これって逆もまた真なりで亭主にも言えることだからね。

 

   我が家はどうかって?。。。。。ご存じの通りです。

熱川旅館物語

  • 2017.03.01 Wednesday
  • 00:52

若かりし頃のやんちゃ話もどこかに書き残しておこうと思うようになった。親に知られると心配されるので内緒にしてきたのだが、両親とも他界したのでもういいかな?

 

 

バイト先で刺されそうになった話 第一話

 

 鍼灸学校の春休み、伊豆の熱川温泉で半月住み込みのアルバイトをした事があった。仕事の内容は配膳と布団敷きだったが、旅館のバイトは初めてだったのでとても貴重な経験をして思い出に残っている。なかでも色恋沙汰のとばっちりで、危うく包丁で刺し殺されそうになったのは私の人生の中でも一大エピソードだ。

 

 アルバイト雑誌の募集記事を見て集まったのは大学生がほとんどだった。それぞれに個性的だったが特に忘れられないのは、上智大の学生で、エリート意識丸出しの鼻持ちなら無いやつだった。バイト仲間6人が初めて顔を合わせたところで「セルフイントロダクションしよう」と言い出した。自己紹介の意味だ。みんな何の話なのか飲み込めないでいるのに、同じことを繰り返し言ってくる。しかも英語でやろうと主張する。我慢しきれずにまず自分からと言って、英語で自己紹介を始めてしまった。

 

 その話によると、自分の親は検察庁のお偉いさんで、警察のコッパオマワリとは格が違う。おまえら警察と検察の違い分かるか?自分は上智の学生で、コンパに行けば学生証を見せるだけでいくらでも女は集まって来る。英検一級でカーレースのA級ライセンスを持っていて、剣道3段で、、、、と自慢話が続き、いちいち比較するものをあげつらってはフンと鼻で笑ってみせるほどの嫌みなやつだった。

 

 この話にみんな物怖じして自己紹介どころではなくなった。次は誰が話す?って顔で目配せしているので、私が口火を切った。もちろん英語で。やつはほんとに英語で自己紹介をするのがいるとは思っていなかったようでちょっと驚いていた。(この頃はすでに英会話のクラスも上の方にいたので自己紹介ぐらいどうと云うことはなかった)しかも私が鍼灸学校の学生だと聞いて学校同士の比較ができなくて戸惑っているようだった。天狗になった鼻を押し込めてからみんなに「英語で話さなきゃいけない理由はないから、ここからは日本語でいこうよ。」と切り出して自己紹介を促した。

 

 写真学校の学生や、法政大学を中退してきたやつもいた。皆真面目でいい奴ばかりだったので、すぐに仲良くなってバイトは楽しいものになった。件の上智のバカも付き合ってみると悪い奴ではなくて、結構面倒見が良かったり、本来は寂しがり屋らしく、次第に皆の輪に入りたくて擦り寄ってきたので、バイト仲間は和気藹々とした雰囲気になった。

 

 旅館の仲居さんで一番若いのが19歳だった。おばさんばかりの中で、若い子は一人だけなので当然バイト仲間の間でも誰が彼女に近づけるか暗黙の競争が始まった。そしてついに仲間の一人が彼女から買い物に付き合ってくれと誘われた。彼は熱川に車を持ってきていたので誘われたようだった。二人が出かけたことを知らない私らは、夕飯が終わっても帰ってこないバイト仲間の事を心配してずっと寝ないで起きていた。そのうちにザンザン降りの雨になり益々心配になってきた。夜中の2時になってようやく帰ってきたらずぶ濡れだった。

 

「みんな心配していたんだぞ!!どこに行ってたんだ?!」と話を聞きだしたところ、例の仲居さんに付き合って隣町まで買い物に行った帰り道、埠頭で話し込んでいたら彼女が車から降りていつまでも帰ってこない。はじめはおしっこかなと思って待っていたが、雨が降ってきたので心配になって探しに行ったら、岸壁でうろうろしていて飛び込みそうな気配だった。無理やり引き戻して悩みを聞いていたのでこんな時間になってしまった。と言う。

 

 「誰がそんな事信じるもんか。抜け駆けはなしだろう」と説教していると、外で「きゃー!!」と悲鳴が聞こえた。「ナンダナンダ?」とみんな部屋の外に出て見に行ったところ、上の階から人が駆け下りて来た。それを見た瞬間、抜け駆けの張本人ともう一人が猛ダッシュで部屋に逃げ込みドアに鍵をかけてしまった。私ともう一人は階段の踊り場に残されてポカンとしていたら、上半身裸で腹に晒しを巻き、真っ赤に上気した板前が止めようとする舎弟の手を振り切って「お前か!!お前か!!お前かッ!?」と怒鳴って私に詰め寄ってきた。包丁の刃先が私の腹の皮数センチのところで止まって震えている。マンション5階の踊り場で逃げ場は無い万事休すだ。「何の事だ?」なんて言えたもんじゃない。おなかを凹ましたまま私の口から出たのは「おっおっ、俺じゃない。あっち、あっち」と言って逃げていった連中の方を指差すのがやっとだった。

 

 男は部屋の前まで行って扉を力任せに叩いたり蹴ったりしながら「出て来い!!」と怒鳴り散らし始めた。幸い鉄の扉だったので、いくら頑張ってもどうにもならず、ドアの中からバイト仲間が「包丁をこちらに渡してくれたら中に入れて話し合う」と交渉してくれて、とうとう男は郵便受けから包丁を中に入れた。                           つづく