脱腸の手術を嫌って、鍼灸院を受診するワケ

  • 2012.02.17 Friday
  • 23:56
やむにやまれぬ事情

70代男性  

   一ヶ月前に小便をこらえてから左下腹に時々刺すような痛みとふくらみを感じるようになり、かかりつけの内科で診てもらったら近くの病院を紹介され、そけいヘルニアと診断された。ドクターからは1週間入院して手術するようにと事務的に言われ、その場で手術日の予約を入れるように求められたが、曖昧な返事をして帰ってきた。鍼灸で何とかならないだろうかと治療に見えました。鍼灸でそけいヘルニア(脱腸)を治してくれと言ってくる人も珍しく、何か訳があるのだろうと思い話を聞いてみることにしました。  

   すると、この方は奥さんと二人で商店を営んでおり、今年は大雪で自分が手術で休んだら店の仕事と雪片付けを奥さん一人に任せられず、ましてや手術を迫られたときは年の瀬だったので、年末年始のかき入れ時に休めないので、医者に曖昧なことを言って逃げ帰ってきた次第。幸いにもいきんだときに軽い腹痛が出る程度で年を越せたので、鍼で痛みだけでも和らげてもらってもう少し持たせられないだろうかと考えての来院だったそうです。  

   なるほど話は聞いてみるものだなーと思いました。自分も家内と二人で鍼灸院を経営している身、思い当たることばかりで、この方の話は身につまされるほど理解できました。  

   そこで、「もし手術を受け入れるとしたらいつの時期なら可能ですか?」と聞いたら、大口の取引が休みになる3月中頃という返事が返ってきました。なるほど、春になれば雪も降り止んでいるだろうし、1週間ぐらい休めるだろうから、何とかそこまで腹痛を鍼で抑えて手術を引き延ばせられれば助かるのはうなずける。だから病院から逃げ帰って鍼灸院の門を叩いたのか。と合点が行きました。まだヘルニア(腸の脱出)は軽微なので、脱腸帯と呼ばれる腹帯を巻いて息むような無理をしなければ持たせることは可能なのでしょうが、今年は豪雪でとても春まで何事もなく持ち込めるとは思えませんでした。  

   そもそも、そけいヘルニアとはいわゆる脱腸のことで、足の付け根にそけい管と呼ばれる筋膜の裂け目があり、年をとって筋膜が衰えるとそけい管が緩んで、いきんだときに腸などが出てくるようになりるものです。穴が小さいうちは軽い痛みがいきんだときに出るぐらいで済みますが、時間の経過と共に穴が大きくなり、腸が穴から飛び出したまま戻れなくなった場合、ひどい腹痛に見舞われ、有無も言わせぬ緊急手術で腸を切り取ることになります。  

   この方の場合、まだ穴が小さいので何とかだましていられるので、軽い腹痛に対しては鍼灸治療も多少の効果は期待できますが、根本的に緩んだ筋膜を元に戻せる訳ではなく、雪片付けと商品の運搬を繰り返せば、徐々に筋膜の裂け目は大きくなり、いずれは腸が出たきり戻らなくなるもっとも危険な大きさになるのは必至で、そうなればいきなり激痛に襲われ何の段取りもできぬまま緊急入院して開腹手術となり、大切な仕事に穴を開け、経営者として一番恐れていた事態を引き起こしてしまいます。  

   そこで、私は自分の立場と経験から経営者としてのアドバイスをすることにしました。「何故鍼で脱腸を治療してくれとおっしゃったのかよく分かりましたし、あなたの事情も了解しました。私も個人事業者として同じ立場にあり、店主がおいそれと入院できないことも十分理解しています。だからこそあなたのお店にとってもっともリスクの少ない方法をアドバイスさせてください。」そう前置きして、脱腸の詳しいメカニズムを解説し、この冬を無傷で乗り切れるとは思えないこと。除雪と仕事で徐々に筋膜の裂け目は大きくなること。ある程度の大きさになった時が一番腸が穴から出たきり戻れなくなる危険が高まること。そうなれば突然入院手術を余儀なくされ、回復までより時間がかかってしまうことで経営者として一番恐れた事態に陥ること。そうした危険を冒すより、まだ傷が小さい内にすべての段取りを整えて、経営上のリスクを最小限に抑えた形で手術に踏み切れば、入院期間を最短にできるし、回復も早くもっとも賢明な判断だろうと話しました。  

   この方は私の話が終わるやいなや、「分かりました。すぐに家内と相談して手術をする方向で準備します。」と言われ帰って行かれました。それから半月して来院され、手術は20分ぐらいで終了しベッドが混んでいたので5日で退院させられた。入院中幸いに雪が小康状態だったので家内も助かった。お店の休みも最短で済んだと喜ばれました。今は腰痛の治療にいらしています。  

   ドクターからすれば、早いほど簡単に終わる手術だし、手術以外で治るものでもないし、放っておけばとんでもないリスクがあるのだから、すぐに切るのは当然。と思っているので、患者さんに事務的に即座の手術を要求するのでしょうが、患者さんは皆さん生活があり、言うに言われぬ事情も抱えているものです。頭ごなしの説明だけでは患者さんが決断できず、結果として危険な方向に行ってしまうこともあるのです。鍼灸院にはこうした手術を逃れようとして逃げ込んでくる方が沢山いらっしゃいます。  

   どんな理由であっても否定することなく聞いてあげた上で、その方のもっとも利益になる判断ができるような情報を提供することで、問題は安全な方向に解決していくものです。もちろんこれまでにも紹介したように、鍼灸で不要な手術を回避できたような症例もありますが、必要なものは必要と患者さんをきちんと納得させるのも大切な仕事です。
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