熱川旅館物語

  • 2017.02.27 Monday
  • 19:23

バイト先で刺されそうになった話 第二話

 

 恐る恐る男を部屋の中に入れみんなで囲んで話を聞いたら、男は旅館の板前で、19才の仲居さんの彼氏だった。その日は二人で会う約束をしていて、彼は飲みながら待っていたのに彼女が帰ってきたのが夜中の2時で、誰といたのか問いただしたら、バイトの学生で背の高いめがねの子と買い物に行ってきたと話したそうだ。

 そこで激高した彼氏は包丁を持ってバイト連中が泊まっているマンションに殴り込みをかけたというわけだ。私たちが聞いた悲鳴は止めようと付いてきた彼女のものだったようだ。背の高いめがねの子。。。。俺じゃん! 抜け駆けの彼より私の方が背が高かった。見た目も良かった?めがねをしてるのはこの二人だけだったので間違われたようだ。

 

 すぐに旅館のフロントに電話をかけ助けを求めたが、フロントの返事は板場の事は板長しか解決できないと云うものだった。そこで夜中にもかかわらず板長の家まで使いをやって板長に部屋まで来てもらった。その間仲居がどこかにかくまわれているはずだから、探して連れてこいと言われ、バイト仲間が手分けしてマンション中の部屋を片っ端から叩き起こして彼女を捜し回った。

 

 ドンドンドンドン!「 開けろー。 仲居の○○をかくまっていないか−!」「 馬鹿やろー今何時だと思ってんだ!」「 やかましー。こっちは人の命が係ってんだ。 いるのかいないのか!」「 そんなもんいねーよ。とっとと帰れ」

 

 そんな怒鳴り声がマンション中でわき起こった。さんざん大騒ぎしたものの、かくまった仲居さんを差し出す人はいなかった。怒りで沸騰している板前が抜け駆けの彼に襲いかからないようにみんなで取り囲んで見守る中に板長が現れた。事の次第を聞き終えた板長が一言「お若いの、板前の女に滅多なことはするモンじゃないよ。あの娘はいずれこいつと沿わせてやろうと思っているんだ。なあ○○。何もなかったと言ってるようだし、ここは俺の顔に免じて収めてやれ。」これで一件落着。気がつくと外が白々と明るくなっていた。

 

 板前は板長に連れられて部屋を後にして、残された抜け駆け君は正座したままガタガタと震えていた。慌てて毛布でくるんで暖めてやった。その日からみんな板場の前を通るときは包丁が飛んでこないかビクビクで、集団登校のように連んで職場に行くようにした。

 

 事が落ち着いてみると、あれ?一番の被害者は勘違いで殺されそうになった俺じゃね?なのに誰も謝ってくれなかったぞ。と遅れて怒りが湧いてきが、さすがに「俺に言うことあるんじゃねえのか」と息巻いて板場に乗り込む勇気はなかった。

 

 あー生きてて良かった。