熱川旅館物語

  • 2017.03.01 Wednesday
  • 00:52

若かりし頃のやんちゃ話もどこかに書き残しておこうと思うようになった。親に知られると心配されるので内緒にしてきたのだが、両親とも他界したのでもういいかな?

 

 

バイト先で刺されそうになった話 第一話

 

 鍼灸学校の春休み、伊豆の熱川温泉で半月住み込みのアルバイトをした事があった。仕事の内容は配膳と布団敷きだったが、旅館のバイトは初めてだったのでとても貴重な経験をして思い出に残っている。なかでも色恋沙汰のとばっちりで、危うく包丁で刺し殺されそうになったのは私の人生の中でも一大エピソードだ。

 

 アルバイト雑誌の募集記事を見て集まったのは大学生がほとんどだった。それぞれに個性的だったが特に忘れられないのは、上智大の学生で、エリート意識丸出しの鼻持ちなら無いやつだった。バイト仲間6人が初めて顔を合わせたところで「セルフイントロダクションしよう」と言い出した。自己紹介の意味だ。みんな何の話なのか飲み込めないでいるのに、同じことを繰り返し言ってくる。しかも英語でやろうと主張する。我慢しきれずにまず自分からと言って、英語で自己紹介を始めてしまった。

 

 その話によると、自分の親は検察庁のお偉いさんで、警察のコッパオマワリとは格が違う。おまえら警察と検察の違い分かるか?自分は上智の学生で、コンパに行けば学生証を見せるだけでいくらでも女は集まって来る。英検一級でカーレースのA級ライセンスを持っていて、剣道3段で、、、、と自慢話が続き、いちいち比較するものをあげつらってはフンと鼻で笑ってみせるほどの嫌みなやつだった。

 

 この話にみんな物怖じして自己紹介どころではなくなった。次は誰が話す?って顔で目配せしているので、私が口火を切った。もちろん英語で。やつはほんとに英語で自己紹介をするのがいるとは思っていなかったようでちょっと驚いていた。(この頃はすでに英会話のクラスも上の方にいたので自己紹介ぐらいどうと云うことはなかった)しかも私が鍼灸学校の学生だと聞いて学校同士の比較ができなくて戸惑っているようだった。天狗になった鼻を押し込めてからみんなに「英語で話さなきゃいけない理由はないから、ここからは日本語でいこうよ。」と切り出して自己紹介を促した。

 

 写真学校の学生や、法政大学を中退してきたやつもいた。皆真面目でいい奴ばかりだったので、すぐに仲良くなってバイトは楽しいものになった。件の上智のバカも付き合ってみると悪い奴ではなくて、結構面倒見が良かったり、本来は寂しがり屋らしく、次第に皆の輪に入りたくて擦り寄ってきたので、バイト仲間は和気藹々とした雰囲気になった。

 

 旅館の仲居さんで一番若いのが19歳だった。おばさんばかりの中で、若い子は一人だけなので当然バイト仲間の間でも誰が彼女に近づけるか暗黙の競争が始まった。そしてついに仲間の一人が彼女から買い物に付き合ってくれと誘われた。彼は熱川に車を持ってきていたので誘われたようだった。二人が出かけたことを知らない私らは、夕飯が終わっても帰ってこないバイト仲間の事を心配してずっと寝ないで起きていた。そのうちにザンザン降りの雨になり益々心配になってきた。夜中の2時になってようやく帰ってきたらずぶ濡れだった。

 

「みんな心配していたんだぞ!!どこに行ってたんだ?!」と話を聞きだしたところ、例の仲居さんに付き合って隣町まで買い物に行った帰り道、埠頭で話し込んでいたら彼女が車から降りていつまでも帰ってこない。はじめはおしっこかなと思って待っていたが、雨が降ってきたので心配になって探しに行ったら、岸壁でうろうろしていて飛び込みそうな気配だった。無理やり引き戻して悩みを聞いていたのでこんな時間になってしまった。と言う。

 

 「誰がそんな事信じるもんか。抜け駆けはなしだろう」と説教していると、外で「きゃー!!」と悲鳴が聞こえた。「ナンダナンダ?」とみんな部屋の外に出て見に行ったところ、上の階から人が駆け下りて来た。それを見た瞬間、抜け駆けの張本人ともう一人が猛ダッシュで部屋に逃げ込みドアに鍵をかけてしまった。私ともう一人は階段の踊り場に残されてポカンとしていたら、上半身裸で腹に晒しを巻き、真っ赤に上気した板前が止めようとする舎弟の手を振り切って「お前か!!お前か!!お前かッ!?」と怒鳴って私に詰め寄ってきた。包丁の刃先が私の腹の皮数センチのところで止まって震えている。マンション5階の踊り場で逃げ場は無い万事休すだ。「何の事だ?」なんて言えたもんじゃない。おなかを凹ましたまま私の口から出たのは「おっおっ、俺じゃない。あっち、あっち」と言って逃げていった連中の方を指差すのがやっとだった。

 

 男は部屋の前まで行って扉を力任せに叩いたり蹴ったりしながら「出て来い!!」と怒鳴り散らし始めた。幸い鉄の扉だったので、いくら頑張ってもどうにもならず、ドアの中からバイト仲間が「包丁をこちらに渡してくれたら中に入れて話し合う」と交渉してくれて、とうとう男は郵便受けから包丁を中に入れた。                           つづく