江戸時代の米沢での医療

  • 2015.11.06 Friday
  • 00:49
 10月2日のブログに書いたように、上杉鷹山公が鍼医者を側に置いていたことが分かったので、俄然当時の事に興味がわいてきた。「米沢藩の中で鍼医者はどんな風に扱われていたのだろうか?」「当時の医療は漢方と、蘭方と鍼灸がどんな風に混じっていたのだろうか」そんな疑問の答えを探そうと博物館から買ってきた図録を目を皿のようにして読んだ。

 すると、あるわあるわ、面白い単語が沢山拾えた「整骨術、蘭人の灸治、按蹻、電気治療器カルハノ、水蛭、医薬鍼灸相応ぜず、主人自ら灸点し灸すえ候由、焼鍼、刺絡服薬と煎湯、蛮薬の水薬、和漢の外科治法、血止めの艾」

 まあ一般の人にはこれらの言葉が何のことだか分からないだろうが、鍼灸師の私には心躍る発見だった。やっぱり。思った通りだ。」私は内心にんまりした。

 9月27日に初めて特別展「米沢藩医家の系譜」を見に行ってから今日までの間に私は古文書と医学史に没頭し、わくわくする時間を過ごすことになった。その下りを順を追ってお話しながらこのブログの読者に鍼灸師の目から見た江戸時代の医療の様子を知っていただこうと思う。お楽しみに。