鷹山公も鍼を受けていた

  • 2015.10.02 Friday
  • 23:14


   上杉博物館で九月から始まっている特別展「米沢藩医家の系譜」を見てきました。米沢はかつて東北の長崎と称されるほど蘭学が盛んで、その資料がいくつも残っているのですが、その中に鍼医者に関する記述はないかと思って行ったのですが、、、、、、、ありました!

   鷹山公の側医堀内忠意が杉田玄白に宛てた手紙に、何と鷹山公が膝を痛め、手を尽くしても治らず赤湯で湯治をしてもダメなので、鍼医者を呼んで鍼を打ってもらったという記載が見つかりました。
(この時呼ばれたのは2代目の嶋坂仙益だったのではないかと思われます。)

   足の三里に鍼を打ったら指先までよく響き、足の甲から大きい豆状のものが出てきたので、それを堀内忠意が見させられたけどなんだか分からず、不思議に思ったと書いてあります。

   この鍼治療がどのぐらい決め手になったのか私の読解力では分からないのですが、結果的には良くなって皆で宴会を開いたとありました。

   江戸時代までは将軍の側にも鍼医者が仕えていたので、米沢でもそうに違いないと思って調べてみるとやはり記録に残っていました。

鷹山公も鍼を打ってもらってたんですね。