藤沢周平記念館に行ってきました。

  • 2015.08.21 Friday
  • 00:03
お盆休みを利用して藤沢周平記念館に行ってきました。

三屋清左衛門残日録や蝉時雨が大好きで、実は娘の名前も彼の作品の中から取って付けたほどです。(娘も気に入ってくれているのでまっいいか。)

開館5周年だそうで、まだ新しい建物は広い鶴岡公園の境内のなかにセンス良く静かにたたずんでいました。デザインも色彩も藤沢周平をイメージするのに相応しいもので、記念館の中にいて藤沢周平の貴重なインタビュービデオを見たり、藤沢周平の生い立ちや人生をたどりながら、静かで強いエネルギーをもらってきました。

特に私の心を捉えたのは一人娘の展子さんの手記でした。彼女が生後8ヶ月のときにお母さんが28歳の若さで癌で亡くなり、藤沢は郷里の母親を呼び寄せて何とか子育てと執筆を両立させていきます。その様子が展子さんの手記に書かれていて、私と娘とのやりとりに似たところがあって心温まる一文でした。

一部引用させてもらいます。

その草稿を見ていて、母が亡くなり父が再婚するまでの父子家庭だった頃にも父が原稿に向かっていたことが分かりました。 父の書いた原稿用紙の余白に、父が「小菅」と漢字で書き、私が「のぶこ」とひらがなで書いた物や、赤鉛筆で女の子の絵を描いたものなどがありました。私がもっと小さい時にはただのぐるぐるした線が原稿に書かれていたり。(中略)父は仕事をしながら私を横に置き、一緒に鉛筆を持たせて遊ばせながら小説を書いていたようです。大きくなってからも、父の仕事中に突然話しかけても、一度も怒られることがなかったと人に話すと、「お父さんは偉いですね、よく原稿に集中できますね」と驚かれるのですが、昔から父は私から話かけられながら仕事をしていたのだと気が付きました。

私も開業間もない頃は家内が外出すると娘をおんぶして治療していたものでしたし、カルテを書くときも膝の上にのせて、いたづら書き(娘は自分も父親と同じお仕事をしているつもりだったようです)をさせながら子守をしていたので、藤沢親子の情景が自分の記憶と重なり濃密で最も幸せな父娘の時間を思い出しました。



嬉しくなってロビーで娘と写真を撮りました。でも館内撮影禁止でした。ごめんなさい。