鍼灸師から見た現代の障害者福祉(米沢社会福祉協議会研修会講演原稿)

  • 2015.10.24 Saturday
  • 13:33

施す福祉から引き出す福祉へ
                                                                                 かとう鍼灸院 院長 加藤雅和

ごあいさつ
 本日は米沢社会福祉協議会の研修会にお招きいただきありがとうございます。また、日頃から地域福祉にご尽力頂いていますことに、一市民として心より感謝申し上げます。以前花沢地区連合会の催し物でお話をした際大瀧会長さんとご縁が出来まして、本日の機会を与えていただきました。鍼灸師の加藤雅和と申します。

講演のいきさつ
 今回は社会福祉協議会の役員研修会とお聞きしたので、障害者福祉に関する私の話しにも耳を傾けて下さるのではないだろうかと思い、「鍼灸師から見た現代の障害者福祉について」と題してみました。

 さらに、「施す福祉から引き出す福祉へ」と副題をつけたのは、「施すだけの福祉では人のやる気を削いでしまう。社会に貢献できるという自尊心を刺激し、やる気を引き出す福祉に転換していくべきではないか」と云う提言をさせていただきたかったからです。

 なんで鍼灸師の私が障害者福祉について話をするのかと申しますと、職業柄業友として盲人との親交があり、彼らの本音を聞いてこられた立場にあります。

 また、私の家内は弱視で、障害2級です。視力障害のある家族と暮らしながら身近に障害者の苦悩や本音を体感してきた一人でもあります。彼らのそばで同じ仕事をしていると、彼らが感じている社会からの疎外感を私も感じるのです。健常者と障害者の間に引かれた線、施しをするものと受けるものとの間に引かれた線を強く意識してしまいます。私はその線が消せないものかと常々考えています。

 歴史を紐解けば、江戸時代盲人は当道座という互助組織によって身分、生活、教育、就業、昇進の機会が保証され、しっかり自立しており、施される立場になど立っていませんでした。頑張り次第では奥医師や大名に匹敵する検校の位に就けるチャンスもあったし、ちゃんと一家を養っていたし、中には高利貸しで大もうけして吉原の花魁を身請けするものまでいたほどです。

 つまり彼らは障害者や施されるものとしての扱いは受けていませんでしたし、何よりも社会参加を果たしていました。それが明治期当道座の解体と時代の変化によって盲人を始めとする障害者は一端社会から締め出されます。その後150年近くの年月をかけて徐々に障害者の待遇は改善されつつありますが、盲人の扱いに関しては遠く江戸時代の足元にも及びません。

 日本人は勤勉で温厚でモラルが高くすばらしい国民だと震災以降世界から良く誉められます。でも一方で排他的な一面があることに気がついていない欠点があります。国内の少数派(他民族や障害者)を無意識に排斥してしまう点です。

 近年世界の福祉は弱者を救済することから誰もが普通に接し暮らせる社会を作ることに向かい始めました。いわゆるノーマライゼーションの実現です。日本の福祉もそうした方向に舵を切りつつあるものの、非常に遅れています。

 今日は日本社会のどんなところが排他的なのか、どうすればそれが改善されるのか、誰もが普通に接して暮らせる社会はどんな良いことがあるのかについて鍼灸師という完全少数派の立場から論じてみたいと思います。耳障りの悪いことが多くなりますが、どうかご容赦ください。

自己紹介 
 まず自己紹介です。私は昭和32年米沢生まれの57才です。中央3丁目で家内と鍼灸院を開業しています。興譲館を卒業して四谷の鍼灸専門学校に進み、昭和55年に鍼灸師の免許を取りました。その後、若い内に見聞を広めたいと、昭和58年に半年間ですがアメリカのカリフォルニア州立大学ノースリッジ校に語学留学し、幸運にも障害者教育の理想像を目の当たりにしてきました。
 帰国後一端米沢で開業したものの、勉強不足を痛感して世田谷の玉川病院と言うところで5年間東西両医学の研修を受け、そこで出会った目の不自由な家内と結婚し平成元年に帰郷して再度開業し直しました。
 米沢の鍼灸マッサージ師会では平成4年のべにばな国体で全国初の治療ボランティアを晴盲協力して成功させました。現在は夫婦二人三脚で二人の子供を育てながら、コツコツと鍼灸で地域医療に貢献する夢を追い続けています。息子は跡を継ぐため大阪の鍼灸大学で勉強を始めたところです。

盲人教育の歴史
 先にも述べましたが盲人の職業教育には江戸初期から幕府が力を入れていました。盲人について云えば鍼灸あん摩、琵琶、三味線、琴などの音曲は盲人の独占的職業になっており、鍼灸あん摩の教育は杉山検校の私塾を母胎とする「杉山流鍼治導引稽古所」が全国に作られ教科書も整備されて 鍼・按摩を盲人の職業として確立させていました。ここで教育された人を幕府や諸大名の医師に登用させて盲人の社会進出とステータスを維持していました。音曲に関しても琴の八つ橋検校など多くの音楽家が活躍していました。 

 当道座解体後政府が盲人や聾唖者の教育に着手するのは実に55年後の大正12年「盲学校及聾唖学校令」を発令したときからです。それまでは全国各地で盲人の家族や篤志家が私財を投じて盲聾学校を作り補ってきました。

  現在では盲人の減少により吸収合併されて数は減っていますが、盲学校は71校  聾学校が104校、養護学校が831校あります。ちなみに盲学校は幼稚園から高等学校さらに職業教育として鍼灸、あん摩、音楽の専門教育を3年間行っています。

 さらに大学レベルの教育機関としては筑波技術大学があり、盲と聾の学生に対しそれぞれ保健科学部と産業技術学部の二つの学部を用意しています。盲学生に対する保健科学部は鍼灸、理学療法、情報システムの3学科が用意されており、その就職率は90パーセントを上回っています。
 
 とここまで並べると、立派なものです。でも、問題は沢山あります。まず第一に、盲人の教育は鍼灸あん摩と音曲に理学療法とコンピューターという新たなジャンルが二つ加えられただけです。江戸時代のカリキュラムに150年の年月をかけてわずか二つ増やしただけです。

 また、鍼灸あん摩は盲人の独占ではなくなり、もみ療治については国が免許を形骸化しており無法状態です。盲人業者の社会的ステータスを上げる取り組みはほとんど行われておらず、言葉は悪いですが、盲人にとってみれば教育と免許と年金を与えられてあとは受け入れ体制のない社会に放置されているようなものです。これでは江戸時代の方が遙かに優れたシステムだったと言わざるを得ません。

 現代日本において囲まれた障害者教育のシステムから外れて教育を受け、社会に参画していこうとするとどんなことになるか?国立大学に進学できた身体障害のある学生の実態調査報告書から見てみましょう。

 国立大学における身体に障害を有するものへの支援等に関する実態調査報告書(抜粋) 
                               平成13年国立大学協会
1. 障害学生の受け入れ体制の整備
 身体に障害を有する受験者の数は年々増加する傾向にあり、障害の種別も多岐にわたっているため、ほとんどの大学が受験相談窓口を設けているが、障害学生の受験に関する何らかの規程がある大学は31%、大学全体で統一した規程があるのは14%と少なく、組織的な対応が不十分である。
 入学後修学上の困難や支障に関する相談窓口を設けている大学は31%、相談に対処する特別な委員会を設けているのは11%にとどまっている。このような相談・支援体制の未整備には、障害学生の問題への全学的な関心がまだ低いことに加えて、相談・支援システム情報の不足、モデルの欠如も大きく影響している。
 
2. 障害学生のための施設・設備の整備
 整備の完了した大学が約20%、整備されつつある大学が60〜70%と、整備の努力がなされている。整備の内容としては、玄関等のスロープと自動ドア、身障者用のトイレ、身障者対応のエレベーター、身障者用の駐車スペース、視覚障害者用の誘導ブロック、車椅子用座席などが中心である。大学側と障害学生が求める施設・設備は大筋では一致しているが、実際には利用困難なものや役立たないものもあり、設置にあたってはよく検討する必要がある。

3. 障害学生の授業・学生生活に関する支援体制の整備
 実験・実習・実技を含む全ての講義で障害学生に対する特別措置ができている大学は4校にすぎず、大半の大学は一部の講義とその場の判断で対応するだけで、組織的な対応は行われていない。「ソフト面」の整備はまだまだ不十分な状態にある。

4. 教官への支援体制の整備
 日本の大学では、授業を担当する教官側にも、「どのように対応したらよいのか」、「具体的にどんな配慮をしたらよいのか」という戸惑いが多いことも事実である。したがって、『授業担当教官への情報提供と支援をどう行うか』という視点もまた不可欠である。

5. ボランティア等の支援体制の整備と一般学生に対する啓蒙
 「学内の一般学生や教職員による学習支援組織がある大学は15%しかない。また、一般学生に対する障害学生についての啓蒙活動を行っている大学も14%にとどまっている。
 さらに、一般学生による障害学生支援を授業の一部としたり、単位に組み込んだりしている大学は、わずかに12%である。障害学生への支援を一部の学生の個人的な善意に依存している現状が如実に表れている。
 
6. 卒業後の進路開拓
 障害学生の約1/3は、卒業後の進路が未決定のままである。就職先の開拓等、卒業後の進路に関する取り組みも今後必要となる。
  現在のところ、障害学生への実際的な支援は、その学生を受け入れた学部・講座・教職員の努力にゆだねられることが多く、まだ全学的な取り組みのレベルには至っていない。今後、こうした現状を改め、大学人全体が障害学生の存在に関心と理解を深めて、全学的にその支援に取り組んでいくことが、何より求められている。

 これでおわかりのように、日本の大学の現状はあまりにもお粗末です。これでは障害を持っていても優秀な学生が後に大学や社会に貢献しようと云う気持ちを持つより、自分を疎外し続けた社会に対するマイナスの感情を持つのではないかと懸念します。やる気も能力も高い優秀な人材を社会の役に立たせるのに必要な援助や社会投資をけちっているのは先進国を自負する国として誠に恥じ入るべきだと思います。

 ちょっとしつこいのですが、実際の学生から寄せられたアンケートの回答を読んでみたいと思います。彼らの本音と実情が如実に語られており、そうした体験を強いられた人々の心の痛みを思わずにはいられません。

 ○山形大学の車いすの学生
  一番大きい教室がある校舎にエレベーターがなく、車いすを自力で運ばなくてはならない。私はなかなか人に頼めない。「運ぼうか。」と言ってくれる人にお願いすることにしている。ただ、言ってくれる人があんまり障害者と接したことがないのか、私に対してお客様のように接してなかなか普通の友人のようには扱わない人もいる。それがいやで深くつっこんで話ができない。相手が話す気がないのに一人で話すのはつらい。
 
 こうしたことは、社会でノーマライゼーション教育が施されていないことが一因です。弱者と関わることは弱者が抱えている不利益も一緒にかぶる事になるので、できるだけ関わりたくないが、無慈悲な人と取られたくない思いから最低限のサポートをしてそれ以上の関わりを持たないようにする心理が見えます。障害者に関わることが損にならない社会を作る必要があります。

○筑波大学大学院の全盲学生
1.教材の点訳
  本大学には、教材や試験問題を点訳したり、学生の点字による回答を活字に直したりするシステムが確立していません。授業の教科書など、多くの点訳は、学生自身が重要度の高いものから順に学外の点訳ボランティア団体などに依頼しています。点訳には、時間的・金銭的コストがかかるため、全てのテキストや資料を点訳できず、大学内図書館における対面朗読サーヒスに頼っています。

2.学習補助制度
  本学に在籍する障害学生は、障害の種類や程度、学年などに応じて定められた時間数の範囲内で、学習補助者の援助を受けることができます。私は、朗読や書籍の検索・収集、文書校正、事務書類の記入など、様々な業務を補助者に依頼していますが、このシステムは、授業時間のみに適用されることになっており、授業終了後の補助は認められていません。学生が自主学習を行う全ての時間帯に、このサービスが延長されることを希望しています。

○筑波大学 大学院聾学生 
 筑波大学は障害学生に開かれた大学と聞き、ここなら十分に勉強できると期待して入ったのですが、大学4年間では、週2〜3コマしか手話通訳や筆記通訳の派遣をうけることがでず、週20コマある授業に全く足りずほとんど独学で勉強してきたも同然です。ディスカッション形式の授業には入れず1日中暇をもてあまし、寂しい思いをしてきました。

 また、休講やテストの連絡がわからず、不安な思いをしたこともありました。いわば、授業に「出席」していても、まったく「参加」できない状況なのです。決して安いとはいえない授業料を払って、出席する意味があるのか疑問に思う毎日です。

 自分の興味のある講義に参加したいと思っても、通訳が派遣されないため、その講義履修を放棄せざるを得ない状況もしばしば起こっております。このように、大学4年間は、自分の興味のある講義を履修できないことだらけでした。

 
 さらに、この通訳派遣はすべて学生ボランティアによるもので、大学側がそれに対して謝礼を支給するだけです。その業務には膨大な時間、専門的な知識、肉体労働、精神の疲労などの大きな負担を強いられます。通訳という仕事の性格を考慮に入れると、大学から支給される謝礼も不当に安いものと言わざるを得ません。 この大学に入学できた人がきちんとした学習環境を保証されるのは当然のことです。
 
 上述のように、一般の学生と同様に授業に参加する権利、選択する権利、学ぶ権利が保障されていません。また、こうした状況についての相談窓口がありません。特に入学時の聴覚障害学生は非常に不安な思いをしています。入学時から何らかの形で学業体制に関する相談や支援が受けられる体制があればいいのではないかと思います。

 障害者センターを設けていないこと自体聞く耳を持たぬ姿勢の現れです。こうした権利を保障する法整備も急がねばなりません。


 生活面においては、図書館を出る際に、出口の持ち出し禁止のアラーム音が聞こえなかったために、犯人扱いを受けたことがあります。また、緊急の際に情報が入らずに、困った経験があります。そこで、電光掲示板の設置、FAXの設置、パトライトの設置(宿舎を含めて)など、情報を視覚的に伝達できる機器設備の充実を望みます。
 
 こうしたトラブルが起きた時点ですぐに解決策を検討しシステムが改善されなければなりません。それをいつまでも放置しているのは人権侵害です。残念ながら私たちの社会はこういう形で少数派を排斥しているのです。                              

自殺の増加
 暗い話になって申し訳ないのですが、視覚障害者(盲人)の自殺について考える〜現状と課題〜という報告があります。筑波大学附属視覚特別支援学校の間々田和彦氏らのレポートです。この学校は盲学校の頂点に位置する学校で、優秀な生徒が集まっています。

 なので、盲学校卒業後に筑波技術大学ではなく一般大学へ進学する割合が高いのですが、19年間の卒業生約500人のなかで自殺が分かっている学生の数は8名だそうです。これは日本人の自殺率(人口10万人あたり25.5人)と比較して50倍となるそうです。単純比較する訳にはいきませんが誠に悲しい数字で、これを無視してはいけないと思います。

 彼らが自由に学び働く環境を整備するには多くの手間とお金がかかります。それを抑えるために、意図的に視覚障害者を三療の世界に誘導し、そこから出さないようにしてきたのが実情です。盲人に教育就業の自由が与えられていない実態がここにあります。聾や他の障害者も同様です。

 施す福祉は施す側の都合でその質と量が左右されます。施される側の幸福感を考えているわけではありません。施しになれてしまうと人はやる気を無くし、社会にぶら下がってしまいます。

 人の幸福感は社会の一因として認められて自分の役割を果たし、自分の尊厳を保つことで生まれてきます。「お前が動くと余計な金と手間暇がかかるから、これで我慢してあとはおとなしくしてろ」もしくは「勉強したいのならどうぞ。その代わり自助努力でやってね」的なメッセージが聞こえてくるような政策では意図的に障害者を社会から隔離しているようなものです。

私が見聞きしてきた障害者の実態も紹介しましょう。
 私が帰郷して地元の鍼灸マッサージ師会に入ってみると、治療者としての能力で晴盲の差は無い事を知りました。また、全盲で開業して食べてきた人たちは、すこぶる優秀な頭脳の持ち主だと云うことも知りました。考えて見れば当たり前です。目が見えないのに晴眼者と同じ条件で開業出来ているのですから。

 しかし、内に来る患者さんの口から聞かされるのは、「目の見えない人に鍼を刺されるのは怖いから見える先生の方が良い」と言う言葉です。このように盲人の鍼灸師は実力を発揮する機会を事前に奪われているのです。彼らの優秀さを知っているだけに、見える見えないで選別されてしまう現実と、結果として私の存在が彼らのチャンスを奪っている事にやりきれない思いを抱いてきました。

 私は障害の有無ではなく、実力で評価される社会であって欲しいと願っています。同じ免許なのだから同じに見て欲しいのです。何とかしてそうした誤解を解消できないものかと考えてきました。

 また、会に入った時盲人の先輩から言われたのは、「目が見えるのによくこんな世界に入ってきたもんだなー。俺の目が見えてたらこんな仕事はしないなー」という言葉でした。その人は息子さんを新潟大に入れてました。また東北大出のお子さんをお持ちの先輩もいました。

 病院研修時代の後輩に東北大学法学部を出て司法試験に挑戦していた経歴を持つ人がいました。彼は視野狭窄が強く、鍵穴から外を見ているような視覚障害を持っていました。司法試験を断念した後は鍼灸師になる以外に道は無かったので仕方なく塩原視力障害センターに入って免許を取ったと言っていました。能力の低い教官が視覚障害者を馬鹿扱いして威張っていたと話してくれました。普通高校に通っていたときは、野球をやらされてもボールがどこに行ったのか分からず困っているのを同級生がせせら笑っていたと悲しそうに話してくれました。

 私の家内はIQがすこぶる高いのに目が悪かったため、動きがとろく愚鈍な子供だと周囲に勘違いされていたそうで、山口県ではトップクラスの進学校に入ったら驚かれたそうです。高校では一番前の席に座っても板書が見えず、配られたテスト用紙の文字が見えない事もあって苦労したそうです。

 彼らは鍼灸師に「なりたくて成ったわけではない。」と言う本音を持っていました。彼らの適正に合わせた職業選択の自由が保障されている社会なら良かっただろうにと思う一方で、鍼灸師の教育水準と社会的地位がもっと高かったら、彼らは鍼灸師の仕事に誇りを持っていただろうにと残念に思います。

  日本の鍼灸における盲人の存在は世界的には優れた制度でした。盲人が医療分野で自主開業権をもって開業し、社会的に自立していけるのは世界を見渡しても日本だけです。

 しかし一方では西洋医学の進歩と医療体制の整備に伴って鍼灸師に求められる能力が飛躍的に高まりました。そのためまさに医学部並の教育と訓練を施さないと社会の期待に応えられる鍼灸師は養成出来ない時代になりました。それを受けて鍼灸界でも鍼灸大学を作り、教育水準の引き上げを図る努力を続けていますが、それについて行けないもしくはそれに適正がない人達の雇用先を開拓する努力を国が怠ってきたために鍼灸界は社会の期待に答えられない状況が続いています。

 長々と暗い話ばかりしてきましたが、ではどうすればこうした問題が解決されるのでしょうか?また、私たちのレベルで出来る事は何なのでしょうか?考えて見ましょう。

 まずは私が33年前に見てきたアメリカの大学での光景を帰国間もない頃に書いた文章から紹介します。

カリフォルニア州立大学留学記 (ノーマライゼーションと障害者教育の理想)

違和感のない学園生活
 私の通った大学は全米でも1,2の福祉施設の完備された学校で、身障者のための行き届いた設備はもとより、もっとも感激させられたのは、一般の学生達と身体の不自由な学生達が何の違和感もなく混じり合って学園生活を送っている姿だった。

 アメリカ人は身障者に対して特別な感情を抱かないようだ。また、身体の不自由な学生もこれと言って気後れする事もなく、ごく普通の学生として振る舞っている。まあ、そう言って両者を分けて考えている私の方がおかしいのかもしれない。

   休み時間の間学生でごった返す廊下を車いすが人をかき分けながら進んでいき、盲導犬を連れた学生が教室に急ぐ姿が見られる。教室を覗けば、たった一人の耳の不自由な学生のためにも手話通訳が2人交代で教授の言葉を伝えている。学生同士和気藹々と冗談を言い合いながら勉強している。そんな自然な雰囲気と、誰にでも学ぶチャンスを与えようとする大学の姿勢がすばらしかった。大学には障害者センターがあり、障害のある学生の要望に応えて様々なサービスと支援をコーディネートしていた。

小さいサポートの連携
 私が入っていた寮には耳の不自由な学生が多かった。中には耳も目も不自由な学生もいた。そんな人たちと一般の学生は実に上手く生活していた。それを象徴する出来事は、よく寮の食堂で見られた。

 耳も目も不自由なキャサリンと言う学生が盲導犬と一緒に食堂に入って来た。どうやって手を貸そうか迷っている私を尻目に、当番の学生がさっとキャサリンの手を取って手話でメニューを伝え始める。キャサリンの手のひらに指でアルファベットを綴ってゆくのだ。キャサリンは声を出してそれに応える。

 その間彼女を追い越していく学生が、トレイをカウンターの上に置いて行く。彼女がその前に立つと、今度はカウンターの奥から盛りつけ係りの学生が手を伸ばしてキャサリンの手に注文伺いの手話を打ち込んであげる。キャサリンは声で答えて食べたいものを盛りつけてもらう。

 するとまた彼女を追い越していく学生がそのトレイを隣のカウンターに移動させていく。 この繰り返しで、次々と一般の通りかかった学生が、一つだけ手伝っては追い越してゆきながら、飲み物も、デザートも、スプーンやフォークもセットされて、最後に通りかかった学生がキャサリンの指定席にトレイを運んでおく。 実にスマートな連係プレイが繰り広げられるのだ。

 彼女が食べ終わったと見ると、一人また一人彼女の肩を叩いてそばに座り、手の中に手話を打ち込んでは楽しそうに会話をしたり、盲導犬をあやしたりして行く。実にさらりと彼女とのコミュニケーションをやってのける学生達を見て私は強く心を動かされ、手話を覚えることにした。

手話は常識
 手話の本を買い、友達とあれやこれやと練習していたある日、寮の中のアメリカ人の学生の部屋に遊びに行ってそこでも手話の練習をしていると、その学生が手話で私に話しかけてきた。「えっ。君も手話が出来るの?」  驚いてそう言った私に彼女は笑いながら寮にいる学生の基礎教養だと話してくれた。それを裏付けるかのように、部屋の前を通り過ぎてゆく学生に、手話で挨拶をすると、すかさず手話で冗談を返して行ってしまった。

ノーマライゼーションの極致と決意
  目や耳、足が不自由な学生ばかりではなく、アテトーゼと呼ばれる不随意運動のある身体を電動車いすに縛り付けて教室を移動している学生もいた。一般の学生と電動車いすに身体を縛り付けた学生同士がキャンパスの中を冗談を言いながら並んで歩いている姿はくっきりと私の心に焼き付けられた。

 いったい何十年したら同じような光景が日本で見られるのだろうか?絶望的な気分になりながらも、自分はこの留学で非常に重要な課題を背負ったのだと思った。いつか本当のノーマライゼーションが実現するように自分が見たことを日本の人にも伝えようと心に誓った。

健常者と障害者の垣根の消失
 アメリカに行くまでは障害者と自分の関係を考える事はあまりありませんでした。障害者と関わることは厄介なことだ。縁があればほどほどにお手伝いをして冷たい人だと思われないようにだけしておこう。ぐらいにしか思っていませんでした。恐らくそうした考えは日本人の健常者の一般的な考え方ではないでしょうか?だから、キャサリンを目の前にしたときに、私は固まってしまったわけです。どこまで手伝えば良いのだろうと途方に暮れたのでした。

 ところがノースリッジの学生達は出来る事だけちょっとずつ。の連携でその難問をあっさり解いてくれました。また、聾唖の学生が沢山いる環境ではどうしても彼らとの意思疎通を図る必要があり、結果として手話は基礎教養として誰もが身につけるものになっていました。私の中にあった健常者と障害者の垣根はアメリカの学生達があっさりと取り払ってくれました。

 害の有無で線引きをすると言う考え方を無くしてみると、もっと純粋にその人個人の魅力と素直に向き合うことが出来ていいもんです。心の中に垣根があると、困っている人を助けきれない後ろめたさに苛まれるものです。

 しかし、垣根が無くなると、とても心が軽くなります。アメリカの先駆的な大学は日本の国立大学の実態報告で指摘された改善点を全てクリアしていることがおわかりでしょう。それが実現すると今紹介したような光景が日本でも実現するのです。

ノーマライゼーションを支える法律
 ところで、こうしたアメリカのノーマライゼーションを支えていたのは法律でした。アメリカでは1973年には各州で差別禁止に関する法律が出来ました。さらに1977年にはリハビリテーション法が実施され、1990年には障害を持つアメリカ人法が出来てより強力な影響力を発揮するようになりました。その骨子は「多様な人々に配慮するよう環境を変えることによって、障害者を支援すると」言う考え方です。「困っている人に施す」と言う考え方ではないところが味噌です。私がアメリカに行ったのが1981年ですから、ノースリッジの大学で見たことは先駆的な試みだったようです。

アメリカ手話留学記紹介
 ここに「アメリカ手話留学記」という本があります。聴覚障害をもった高村真理子という方が書かれたものです。私の2年後に同じ大学の大学院に留学し、同じ経験をして帰国したようです。その時の事を一冊の本にまとめてくれていました。「あーやっぱりあの感動を誰かに伝えなきゃと強く思った人が他にもいたんだな」とこの本を見つけたときに意を強くしました。

 私はこの留学で、様々な人が普通に暮らすと云うことを実体験しました。大学では身体障害のある学生だけでなく私のように外国人の学生も普通に学べる環境が保証されていました。ですから差別や疎外感を感じることはほとんど無く、非常に快適な学生生活を満喫できました。
 
 誰でも普通にしていられると言う事は凄いことです。また、アメリカ社会の懐の深さに感服したものでした。優秀な人間が自分の正当な評価を求めてアメリカに集まってくるのが分かりました。

 アメリカ社会の良さはフェアな競争環境を守る点だと思います。様々なハンデは社会が埋めてやるからやる気と能力のあるやつはどんどんその力を発揮してみろ!といった社会的メッセージが至る所に感じられました。そうして優秀な人材を世界中から集めては国力を強くしているんだなーと感心しました。

 自国で芽が出なかった人がアメリカで成功すれば、自分にチャンスをくれた国に強い恩義を感じ、その社会のために力を尽くそうとするのは当然です。日本社会もそうした価値観をもっと積極的に取り入れるべきだと思います。

 唯一日本国内でワールドワイドなノーマライゼーション化が進んでいる社会があります。それは相撲界です。日本人の横綱がいない時代が訪れても相撲人気は衰えません。世界中の若者に門戸を開いているし、競争環境は平等です。外国人横綱の多くが日本に帰化して角界の発展に寄与しています。国技の相撲でそれが出来ているのですから他の分野でも出来ないはずはありません。

私のノーマライゼーションの取り組み 盲人の実情 情報不足
  さて、私のノーマライゼーションの取り組みはアメリカ留学から10年後でした。平成元年に再開業すると同時に地元の鍼灸マッサージ師会に入りました。晴盲半々で50人ぐらいの会員がいた時代でした。私が一番先に気がついた問題は会議で盲人の発言のピントがずれていると言うことでした。話の流れを全く理解しないような発言が相次ぎ、その都度嘲笑されて発言は無視されていました。

 なぜそんなことが起こるのかはしばらくして分かりました。総会資料を墨字でしかつくっておらず、しかも総会当日にそれを配り、いきなり会議を始めるので、盲人の会員にとって議論の前提が分からないのです。

 そこで私は役員会の議事録を会報にして会員に配りましたが、盲人の会員から読み上げてくれる家族がいないから分からないとクレームがつきました。一人で生活している全盲の会員も複数いましたし、家族に遠慮して何も頼めない人もいましたので、会報を私が読み上げテープに録音して盲人会員に配ることにしました。そしたら、市役所でテープのダビングと配付を引き受けてくれることになり大変助かりました。お陰で、会の中は情報の共有が出来るようになり、総会でのとんちんかんなやりとりも減り、会の結束が高まりました。

身近な理想郷
 米沢の鍼灸マッサージ師会は晴盲の仲がよい会でした。盲人の親を持つ人やご自身が弱視の人が会長職につくことが多かったからだと思います。晴眼者の会員は盲人に対する接遇に慣れており、誰もが盲人の移動、食事、空間認識などのサポートをさりげなくこなしていました。
 
 特に会食では、誰が指示するでもなく、自然に晴眼者は盲人の間か前に座り、食事のサポートをしていました。このさりげなさはまさに私がカリフォルニアの大学で、見たものと一緒でした。「なーんだ、ここに理想像がちゃんとあるじゃないか」そう思い私は10年間会の運営に夢中になりました。

業界内部の晴盲問題
  米沢の会の中では晴盲間の問題は無くなっていったものの、鍼灸マッサージの世界では晴盲の仲はけしてよくありませんでした。業界は、盲人だけの会と晴眼者だけの会と混合の会に分かれ、お互いに反目し合う状態でした。晴眼者は盲人を切り捨てて、鍼灸を医療に昇格させたいと考えており、盲人は置いてきぼりにならないように晴眼者のスタンドプレーに目を光らせていました。お陰で、業界が2分3分しているために保険や社会活動の交渉窓口が一本化できずに、何の社会貢献も業のアピールも出来ない状態が続いていました。そんな中平成4年にべにばな国体が山形県で開かれました。

晴盲協力のモデルケース
 身体障害者の大会、「輝きの国体」では、地元マッサージ師会に選手への治療ボランティアの要請が来ていました。しかし、その内容は「あんたらのお仲間がやってくるから揉んでやってね」と言わんばかりのもので、計画も粗雑で待遇も悪い内容でした。こんな事ならいっそのこと鍼灸も加えて、健常者の国体で堂々と自分たちの腕をふるって我々に対する社会の見方をひっくり返してやろうじゃないかと発憤し、会合の帰り道役員で相談して国体での治療ボランティアの申し入れを高橋市長にすることにしました。

 市長は突然の申し入れに驚きながらもOKを出してくれたので、これ幸いとそのまま国体準備室に乗り込んで、正式にボランティア登録を済ませることが出来ました。勢いでねじ込んだものの、全国規模の競技会で晴眼者と盲人の治療者揃っての鍼灸マッサージボランティアは全国初の試みでした。

 なぜ、輝きの国体でやってきたことが、一般の国体ではやれなかったのでしょうか?まず誰もが思ったのは、マッサージは良いけれど、鍼となると選手が盲人の治療者を拒否しないだろうか?と言う不安。さらに誰がどれだけの臨床能力を持ってどんな治療をするのか分からなかったので、十人十色の治療方法を統一できるのか?といった技術的な問題が大きな障害でした。

 幸いにも私たちの試みを全面的にバックアップしてくれる企業が見つかり、スポーツ鍼灸に造詣の深い先生達を米沢に招聘して研修会を重ねて治療法の統一を図りました。さらに晴盲で一組のチームを作って臨床に当たる事にし、治療の練習会を重ねて自信を付け本番に臨みました。ボランティアは大成功で、連日沢山の選手が治療に訪れ、盲人の治療者もフル稼働で治療に当たり、一度も盲人の治療者が選手から拒否されることはなく、晴盲全く同じ土俵でそれぞれの力を発揮して大絶賛を浴びました。

 アンケートと競技記録の突き合わせから分かったことは、治療者間での効果や選手満足度に差がなかったこと。何レースもこなす選手の競技タイムが鍼をした後のほうがよくなっているという驚きの事実でした。さすがに腕一つで食べてきた人たちは凄いなーと感心したものです。この成果を詳しくまとめ業界紙に投稿しました。

 また、このレポートを持って私は国体開催後続県の鍼灸団体を回り、そのノウハウを普及して回ったことで、その後の国体開催県では盲学校と鍼灸団体が協力して国体の治療ボランティアを成功させた地域も出てきました。

 国体後の打ち上げでは、利用者から寄せられた感謝の言葉を耳にした会員達は一様に誇らしさで興奮していました。その後ねんりんピックでも治療ボランティアを成功させ、市主催の健康福祉祭りにもボランティア協力をするなどして米沢の鍼灸マッサージ師会会員のレベルアップと意識の向上はそれなりに図れたのではないかと思っています。

 なによりも、晴盲分け隔て無く同じ目標に向かって頑張れたことと、共にその成果を享受出来たことは大きな喜びでした。障害の理解と適切なサポート体制の整備が出来れば、障害の有る無しのギャップを埋めて共に誇り高くやっていける環境が作れる事を確認できました。

おわりに
 施す福祉には社会の弱者と強者を固定する危険があります。固定してしまうと弱者はぶら下がり、強者は出し惜しみを始めるものです。結果として差別のある社会になります。だから施す福祉は使い方が難しいのです。

 人はいびつな存在で、その能力に優劣があります。劣を補い優を引き出すと誰もが宝に変わります。だから人それぞれの劣を補うのが優れた福祉です。みんな宝になれば差別は無くなります。

 人のやる気は欲によって引き出されます。欲の向かう先は、財であり、名誉であり、自己実現と様々です。欲はそれが手に入る可能性が見えたときに起こります。だから人にチャンスを与えることがやる気を引き出します。社会にとって役立つ良質な欲を引き出すには良質なチャンスを与えることです。

 人は自分の可能性を引き出してくれた人に強い恩義を感じ、その恩を返そうとします。社会が個人の可能性を引き出せば、その社会に恩を返そうとします。恩返しは良質で強い行動を引き起こします。これは社会の宝になります。

 だから、自分の可能性に挑もうとする人にチャンスを与えることは社会にとって大事です。
自分の力では変えようのないハンデを負った人のハンデを理由にチャンスを与えない事ほど残酷なことはありません。やる気があればハンデを補ってチャンスを与えるべきです。

 障害者の教育や就業には手間とお金がかかります。それを充実させておくことは健常者の安心につながります。もし自分や家族が障害を負っても夢をつなげる社会であるなら障害が絶望にはなりません。 少数派に配慮できる社会は良い社会です。

個人レベルで出来る事
 では最後に私たちが個人レベルで出来る事は何でしょうか? まずは関心を持ってこうした勉強会を多く開いて行くことでしょう。直接障害のある人の話を聞いたり、彼らを支えている人の話を聞くことが理解を深める近道です。
 
 身近に接する機会がある場合は、彼らに情報を与えることに気を配ってください。盲人には墨字の資料を読み上げたり、聾唖者には筆談で話の流れを説明する気配りをしてもらえるだけで、ぐっと安心感が増します。

 様々な催し物に招待するのも大事なチャレンジです。最初はいろいろとうまく行かないかもしれませんが、いずれきっとすばらしい結果が生まれるでしょう。

ご静聴ありがとうございました。
                                                                             平成26年9月27日
                                                                             東部コミセンにて


後日談↓

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原因不明の慢性症状 1 精神的なもの

  • 2014.08.07 Thursday
  • 23:38
 5月第3〜5木曜日は毎年恒例の「なるほど!はり・灸講座」を置賜総合文化センターで開きました。その抜粋を数回に分けて紹介します    

 

 今年は『原因不明の慢性症状』と題して、病医院の検査で原因が分からず治療効果もなくて当院に来院されたケースで問題が解決した例を分析した結果、3つの要素が絡んでいることが分かったので、症例と共に紹介しました。  

 3つの要素とは、精神的な問題と生活習慣などによる問題行動、そして筋、筋膜性の問題でした。これらが単独、もしくは絡み合って原因不明の慢性症状と呼ばれるような問題を起こしていました。  

 別の言い方をすれば、この3つの要素が絡んでいる場合は、検査に異常が出ず、薬も効かないために病医院では問題が解決しにくいと言えます。当院が米沢で26年間営業してこれられたのは、こうした問題に地道に取り組んできたからだと思います。  

 かなりの分量ですが、少し歯ごたえのある情報をお望みの方用にアップします。症例はこのブログですでに紹介したものがほとんどですが、話の流れもあるので、あえて再度紹介します。

 まずは、精神的な問題が原因だった症例2つ です。

症例1 10代 女児 歩けない  
 弟と遊んでいて二段ベッドから落ちて以来歩けなくなったと小学低学年の女の子が連れてこられました。検査ではどこも悪いところは見つからなかったそうで、女の子の足に麻痺はありませんでした。  
 おばあちゃんが子供部屋を離れている間に落ちたのだそうで、物音に気づいたおばあちゃんがびっくりして動けなくなっていた子供を発見し「何してんなだ!んだがら言ったべ」と言って叱ったために、子供の恐怖心と不安が固まって容易に解けなくなったようでした。

症例2 不安から来る腰痛50代女性      
 一ヶ月前から朝シャンで前屈みになると左下肢痛が出ると言って治療に見えました。診察してみると、さしたる所見がなく問診から家事や介護での疲労が原因と判断して朝シャンを止めて睡眠時間を増やすように指示し、腰の治療をしたのですが、4日後に来院したときの話では、治療した日は良かったが、翌朝からは腰掛けるとズキンと痛みが走り、夜間痛があり以前よりもひどくなったとかなり不安をつのらせての二診目となりました。    

 ではこうした症例がどうやって治ったかというと、症例1は二度ほど鍼灸治療を試みたのですが、少女は一向に歩こうとしません。両親も色々と励ましたが事態は改善しないまま日が経ち、とうとうおばあちゃんが、いたたまれなくなって孫の手を取りそっと歩かせてみたそうです。『済まなかった』という思いはその手を通して少女の心にやっと届いたのでしょう。ようやく少女は歩けるようになりました。  

 PTSDという言葉があります。Post traumatic stress disorder 心的外傷後ストレス障害です。端から見ても怖かっただろうなーと分かるケースでは、周囲の人は優しく接することが多いのですが、大したことはなかっただろうと思われるようなケースでは、逆に「なにやってんだ!」的な対応をされることがあり、そうしたケースで プチPTSDが発症することがあります。  
 こうしたケースを扱う場合、まず、事故が起きたときの詳しい様子と、本人がどのぐらいの恐怖を感じたのか、そして第1発見者がどんな言葉をかけたのかをうまく聞き出す必要があります。その上で、本人の取り残された感情をどうやって癒し、解きほぐしていくか考えてアプローチします。  
 この子の場合は、問題が精神的なショックにある事を家族に知らしめ、治療の経過を見せていくことで女児のショックの大きさを理解させ関係者が問題解決に乗り出すのを誘発することで解決できた例でした。  
 私の役目は、身体的に大きな問題が起きていないことを保証し、安心させると共に、取り残された本人の感情を本人に代わって周囲に代弁する形で問題を周囲と共有させ、心のしこりを取り去る環境を作ることにあります。   

 ところで、もともとあった身体的弱点に不安や緊張が加わると、この程度のことでそんなに痛いはずがないのだがなー?と医者が首をかしげる痛みを生み出してしまうものです。良くあるのが、本人が癌を疑っているケースです。そうした場合は容易にパニックを起こします。     
 これまでの経験から臨床的勘でピンと来たら、患者さんに「正直自分の体に何が起こっていると思っていますか?もしくは、何が起こって欲しくないと思っていますか?」と言う質問をします。  
 さらにそう思うようになったいきさつも詳しく聞き出します。家族や親戚、友人などに同じような症状で困った病気になった人がいたかどうかや、周囲から入ってきた情報に自分を不安にさせるものがないかどうかなどです。そうすることで患者さんの懸念や疑念をあぶり出してその誤解を解くようにアプローチするとパニックが治まり、ドラマチックに治療効果が現れます。症例2はまさにそうした典型例です。  

 私の見立てではこうも悪化するような病態とは思えないことから、もしかして重篤な疾患を疑っているのではないかと聞き出してみると、13年前乳がんの手術や家族や親戚の多くが癌で他界していることなどから今回の痛みが癌から来ているのではないかと内心懸念していたと告白されました。  
 思った通り癌の不安を隠し持っての来院でした。そこで病院に紹介状を書き患者さんの希望に添って出来る限りの詳しい検査を行ったうえで癌の再発はないと医師に断言してもらいました。お陰で患者さんの疑念と不安は解消し、何の治療もしないで痛みはきれいに消えてしまいました。  
 結局症例1はキーパーソンのおばあちゃんが手を引いて歩かせたら治り、症例2は内心癌の再発を疑っている事を突き止め、紹介状を書いて病院で詳しい検査をしてもらったら治りました。  
 心理的な問題に気づき、本人が納得する方法でそれを解決してあげれば症状は消えてしまいます。ポイントは納得する方法を如何に上手に見つけ出すかです。
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原因不明の慢性症状 2 習慣によるもの

  • 2014.07.15 Tuesday
  • 10:50
問題行動が習慣化していた症例   

 このタイプの特徴として、所見を取っても大して悪くはなくどんな治療もそれなりに効果は出るものの治りきらずに症状が長引く特徴があります。問診と症状から問題行動が推察できる場合はそれを指摘して改善させながら治療すれば、あっさり治ってしまいますし、症状のぶり返しも防ぐことが出来ます。初診で問題行動が特定できないことも多いものですが、「ここがこんな風に傷むにはこんな身体の使い方が多いのですが、、、、、」とヒントを出しておけば、次回来院時にはご本人が問題行動に気がついて報告してくれることが多いものです。

症例5 膝痛 60代女性  
 2〜3ヶ月前から立ったり座ったりするときに膝に痛みを感じた。その後一時自然に寛解したが、1週間前から再発した。外科医院でエコーとレントゲンを撮ってもらい、炎症と言われ湿布と薬をもらったが効果はない。立っている分には膝が苦しいだけだが座れない。と言って治療に見えました。

症例6 腰下肢痛 50代男性   
 この方は歯科医です。慢性の右腰下肢痛を訴えて来院しました。思い当たる事は以前ターザンのまねをして蔓にぶら下がって遊んだ時に腰から落ちて尻餅をついたことぐらいしかないと言います。所見から腰よりも股関節に負担がかかってるように見えたのですが、重篤な疾患が隠れているとは思えなかったので、愁訴の出ている所を解しながら経過を見たものの良くならず、決まって朝起きる時が一番痛みが強いとの事でした。

症例7 咳が止まらない 40代 女性  
 ひと月前から日中だけ咳が出る。内科(胃腸科)で気管支炎と診断され投薬と点滴するも変らず、1週間後別の内科(循環器科)で抗生剤をもらうも効かず、さらに1週間後また別の内科(循環器科)で血液検査をしてもらったが喘息やアレルギーの反応は無いといわれ、さらに10日後の今日、呼吸器科でレントゲンと血液検査を受けても異常なく、咳止めをもらったが咳は止まらない。最近は微熱があり、36.9度〜37度ある。鍼灸で何とかならないかと治療に見えました。  

 さて、最初の方は検査で膝の炎症と言われたもののクスリは効かなかったケースです。二番目の方の自己診断は尻の打撲なのですが、鍼が効かなかったケースです。三番目の方は精神的な問題から問題行動が習慣化したケースです。これらをどうやって治したか詳しく見てみましょう。

症例5      
 両膝に水がたまっており、特に左が多く、左膝蓋骨(膝の皿)の上端から太ももの前面に強い圧痛が見られました。 膝の皿と太ももの骨が接するところの軟骨が削れて痛むタイプの膝痛でした。ゴルフが趣味で、足腰の鍛錬に毎日スクワットをされていたそうです。このタイプの膝痛にスクワットは逆効果なので、止めてもらうことにしました。  
 治療は太ももの筋肉(大腿直筋)をほぐし、膝周囲に刺激して痛みを減らすように鍼をして、膝のアイシングを追加しました。6日後いらしたときには階段の上り下りが楽になり、2週間後には水もだいぶ引き痛みも減りました。太ももと内股の強化運動を教えしてアイシングも続けてもらいながら治療をし、1ヶ月後には3日間ゴルフを見に行って毎日2〜3万歩歩いたが大丈夫だったと喜ばれました。

症例6 
 本人は尻餅の後遺症だと思い込んでおり、再三それが原因だと主張するために、どうしても私の目は腰に引かれがちになったのですが、いつも朝起きがけが悪いとなると、寝てる間に何か負担をかけていることになるので、「どんな格好で寝ていますか?」と訪ねたら、「私は寝相が悪いんですよ。うつ伏せで、右足を腹の下に畳んで寝る癖があるんですよ」と言う答えが返ってきました。  
 何でそんな格好で寝るの?と言いたくなるのですが、右の股関節を屈曲したまま体重をかけて寝ているのですから朝股関節周りが痛くなるのは当然です。少し寝づらくても寝相を治すように指示したら治療の効果が上がって愁訴は無くなってしまいました。 それまで何年も同じ姿勢で寝てきて何の問題も起こさなかったのに、何故?と患者さんは思いがちですが、身体の老化に伴い、それまでなんでもなかった寝相が大きな負担になってしまっていたと言うケースは少なくありません。  
 寝相だけに限らず、無意識で行う動作が痛みの原因になっている事は多いものです。それを見つけて指摘する。ただそれだけの事ですが、これが患者さんの利益を守ることにつながります。    

 家庭医にとって、患者さんが起こした障害の原因を推察するには多岐に渡る人間の動作や習慣を熟知している必要があります。症状から患者さんが気がつかない問題行動を言い当てるのはある種名人芸と言えます。  
 しかし、こうした名人芸をもった家庭医に誰もなろうとはしません。先に述べた患者さんの個人的な推察を聞き出してから診察を始める事や、症状を引き起こす問題行動を見つけ出す作業は時間がかかる上に、一切保険点数にはなりません。  
 つまり保険診療を行う医師にとって自分の収入を減らす行為なのです。現在の保険医療制度下では構造的に起こり続ける問題だと言えます。だからこそ我々鍼灸師がこうした問題を適切に処理する立場に立つべきだと私は考えて実践しています。

症例7 
  待合室から聞こえる咳は、痰の絡みがなく、喉がいがらっぽくて気になるために咳払いをしている様子でした。わずか1ヶ月の間に4件もの開業医を回り何の薬も効かず、検査で悪いところも見つかっておらず、熱と言っても37度ぐらいの微熱で夜間は咳が出ない事などから、心因性(精神的な原因)の咳を疑いました。  
 家族構成を伺うと女手一つで高校生と専門学校生を育てておられるとのこと、介護職である事などから今自分が寝込むわけにはいかない!と言う切迫感が伺い取れました。咳をする様子から東洋医学的には梅核気(ばいかくき)、西洋医学的には咽喉頭異常感症と呼ばれる症状でした。  
 これは、精神的な緊張が高まるとのどに何かが引っかかっているような感じがして咳払いを繰り返すのが特徴で、この方の場合は空咳にまで発展したもののようでした。  
 ご本人にはできるだけ咳をしないように心がけてくださいとお話をし、喉周りや、身体の緊張を解す鍼をしました。治療が終わるころには咳払いが減り、5日後に見えたときの話では、咳をしたくなったら飴をなめたり水を飲んだりして我慢したら翌日には咳が止まってしまった。今は時々咳払いをするぐらいで落ち着いているとのことでした。その2週間後まで経過を見ましたが、症状の再現が無かったので治療を終えました。  
 結論として、元々肺や気管支には異常はなく、精神的な緊張や不安から喉に違和感を感じ咳払いを繰り返す内に癖になってしまったようでした。4件の医院でどの医師も患者さんの精神状態に目を向けず、検査結果で異常がないにもかかわらず安易な投薬でお茶を濁す事を繰り返してきたため、患者さんが医者を信頼できずにドクターショッピングを繰り返す結果となっていたようです。  

 
 
 ところでこうした問題行動を沢山知ることで問題解決のスピードが速まるものです。これまでの経験からどんな行為が問題になるのかを並べてみましょう。

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原因不明の慢性症状 3 問題行動によるもの

  • 2014.07.04 Friday
  • 10:50
 問題行動が原因だった症例の要点だけ羅列します。
まずは、コルセットや履き物、杖などの使い方が問題だった例です。

コルセットによるあばらの痛み80代女性
 あばらが痛くなり、右腕も挙げられなくなったおばあさんが治療にみえました。この方の原因は畑仕事をするときに締めていたコルセットでした。前屈みになったときにコルセットがあばらに当たって痛みを起こしていました。しばらくコルセットを着けるのを止めてもって治療したら痛みはなくなりました。

MRIでは分からない麻痺の原因 70代男性 
  6時間後部座席に乗りっぱなしのあと車を降りたら左下肢が麻痺して力が入らなくなった方が治療に見えました。脳神経科でCTを撮ってもらったが異常なく、整形外科でMRI検査を受ける事になり、検査まで間があるので鍼灸でなんとかならないかと思っての来院でした。  
 一時的な麻痺は何かで神経を圧迫すると起こると云う話をしたら、ご本人がコルセットを締めて車に乗っていたことを思い出して原因が見つかり一件落着となりました。

思わぬしびれの原因40代女性    
  日中立ち仕事で歩いていると夜になってから足底がしびれる。とくに小指側が強いと訴える患者さんが来ました。靴下の小指側のすり切れに気がついて、ご本人に内股で歩かないか尋ねたところ思い当たらないとの返事でしたが、その後患者さんがサンダルのベルトが少し切れて足が外側にずっこけたまま履いている事に気がついて、そのサンダルを履かなくしたら治りました。

胸の痛み 90代 女性     
 腰椎の圧迫骨折や転倒で入退院を繰り返した後、帰宅後一週間して右胸が痛くなり痛み止めが効かないとおばあさんが来院されました。この方の杖をついて歩く姿から胸椎に負担がかかって起こる肋間神経痛であることに気がついたので、杖をつかず両腕を腰に当てるか手を膝の上に置いて歩くように指導して治療したところ痛みは治まりました。          

 テレビやパソコンのモニターの位置が正面でないと頚を痛めることがあります。

寝違い20代 男性
 寝違いで頚が回せなくなって治療に見えた方がいました。この方の原因は職場のパソコンが右側にあって常に右を向いて仕事をしていたせいでした。パソコンを正面にして仕事をするように注意して治療したら治りました。  

肩痛 60代 女性  
 左肩が寝ていると痛くなり、動かし始めが悪いと治療に見えました。この方の場合はテレビが自分の座っているところから左に位置するため、常に顔を左に向けていたのが原因でした。正面で見るようにして治療したら三回で痛みが取れました。  

 本人が好きでやっていることが原因の場合、そのことを口にするのは最後になることが多いようです。

三味線で痛めた肩と肘 60代 女性  
 1月前から右肘を曲げ伸ばす時痛く肩もこる。多分添い寝をしている孫に布団をかけるのが影響しているように思う。と言って治療に見えました。
 孫に布団をかける動作だけでそんなに痛めるのか疑問に思いながら治療を始めたのですが、2回目の治療の時に三味線を毎日2時間練習すると聞いて、肘と肩の痛みの原因がそれだと確信しました。 練習を控える様にお願いしても、なかなか同意してくれません。あれやこれやと説得し、なんとか練習を日控えてもらって治療したらすぐに症状が軽減して良くなりました。

 普段の無意識の仕草が治りを悪くしている場合があります。

頸痛 60代 男性 
 左の首から肩にかけて痛くなり、レントゲンでは頸の骨がずれていると言われた方が来院しました。この方の場合テレビを横になって肘を立てた腕枕で見る癖が原因でした。座ってテレビを見るようにさせて治療したら痛みが出なくなりました。

 体重の変化も大きな原因になるので、問診で必ず最近の体重の増減を問いただします。

膝痛 80代 女性  
 90を過ぎたおばあちゃんが、2ヶ月前から階段の昇り降りで膝が痛くなった。シップで良くならないと治療に見えました。膝の変形はあまり進んでおらず最近増えた体重が原因になってるようでした。ご本人に減量をするようにお願いして鍼灸治療を始めたところ6回治療してよくなりました。

 姿勢の悪さは症状を繰り返す大きな原因の一つです。

手の痺れ 40代 男性  
 2ヶ月前から右手が痺れ冷たく感じるようになったと言って治療にみえました。 治療ベッドに腰掛けた姿勢は、疲れたようにぺこっとお腹をへこまして背中を丸め顎を上げた状態だったので姿勢を良くすると手の痺れは治ってしまうと話して治療したところ、半月でしびれは治ってしまいました。本人が気持ちを切り替えて姿勢を正すように気をつけたのだそうです。

 緊張症の人はいろいろなところに力を入れてしまい、症状を長引かせる傾向があります。

精神緊張から来る手のしびれ 40代女性
 
 ストレスや天候などで体調が崩れると右腕が全体にジーンとしびれて手に力が入りにくくなる。2日前にシビレが強まり手が腫れて指の曲げ伸ばしがやりづらくなった。と言って治療にみえました。
 この方は緊張すると肩を前にすぼめる癖があり、胸の筋肉が硬くなって神経と血管を圧迫しやすくなってました。ご本人には肩を前にすぼめる動作を極力しないようにお願いし、硬くなった胸の筋肉やその周囲を解すように治療たら腕のシビレは取れました。

後頭部痛 30代男性  
 パソコンの仕事が忙しくなると頚肩こりが強まり後頭部から頭頂部にかけてガーンとした痛みが出てくる。とのことでした。
 かなり過敏な方で、身体を触診している間にも力を入れて緊張してしまうので、まずは緊張をゆるめる非常に浅い鍼の打ち方をしたら4回の治療で良くなりました。

精神緊張とバネ指 80代 女性  
 2ヶ月前から左母指がバネ指になった、整形外科で注射を打っても効果なく、タオルを絞ると痛い。母指を曲げ伸ばしすると指の付け根でカクカク音がする。と言って治療にみえました。左母指の付け根を触ると、母指の屈筋腱が尖った小石のように腫れていました。
 この方は家庭に大きな悩み事を抱えていて、治療の度にその話題になると親指に力が入ってしまうので、力を抜くように意識させて治療したら、急に治り方が良くなりました。

 人は痛いところがあると、気になっていじる過ぎる事があります。

首の痛み 40代 男性

 半年前から下を向くと左頚肩から腕にかけて痛みが走る。と言って頭を右に傾けて窮屈そうなかっこうで治療にみえました。3週間前に整形外科を受診し、レントゲンで3番と4番の間が狭くヘルニアと言われたそうです。
 頚の可動域を調べてみると制限はそれ程でもなく、時々頭がまっすぐになる瞬間が見られました。この方の場合は、敢えて辛いところを伸して刺激することで痛みを和らげようとしていたようで、結果として刺激のしすぎで症状を長引かせていました。
 そこで頚の圧痛や緊張したところに鍼を打ち、意識して頚をまっすぐに保ち、振り向いたりするときにゆっくりと普通に動かすように指導して治りました。  

舌痛症 60代女性  
 そもそも歯の治療後から苦味を感じたことから症状が始まり、左目と左鼻筋。舌のへりと唇の内側が痛くて歯科で治療したが治らず、皮膚科に行ったら金属アレルギーだと言われ銀歯を全てはずしたが変わらない、耳科、内科、眼科、脳外科、麻酔科、米沢、山形、福島、宮城の名立たる病院を渡り歩いて六年もの間苦しみつづけいるのにどんな治療をしてもあまり変わらなかったそうで、それぞれの病院では異常がないと言われていました。
 口だけを見れば治療中ずっと舌先で唇の裏を舐め回しているので、患者さんに無意識で舐めるのを止めるには、気がついた時に軽く口を開いて深呼吸をし、頬を揉みながら力を抜くように指導しました。それから6日後治療に見えた時には「自分が如何に身を硬くしていたか良く分かりました。症状がぐっと楽になりました。」と言って喜んでくれました。 それから約半月様子を見ましたが、痛みはすっかり消えました。

頸肩腕症候群 50代 女性  
 半年前縮れ毛矯正でアイロンをかけてもらったら髪の毛が気になって常に髪に手が行くようになった。常に毛先が気になっていじくりまくって1ヶ月したら両腕の付け根がだるくなり、常にビリビリし指が腫れて指輪も外した。マッサージをすると楽だが腕を使うとすぐに辛くなる。さらに1週間前から右腕がけいれんして箸が持てなくなりフォークで食事している。とのことでした。
 この方の場合、ご家族を亡くされたり、大病した方が出て大変ショックなことが続いたそうで、潜在的不安から毛先のチクチク感に対する強い執着が起こり、結果として腕を使いすぎて症状が出ていました。
 筋肉をほぐし、身体全体の緊張をゆるめる治療をしたところ、翌日には手の腫れが引き、髪も触らなくなりました。

野球肩 30代 男性
 1ヶ月半前から野球で右肩が痛くなった。主にスローイングの時に痛い。医者で診てもらって肩鎖関節の炎症と言われシップをもらっているが治らない。と言って治療にみえました。
 ご本人は悪い場所を突き止めようとこの1ヶ月右肩をずーといじりっぱなしだったそうです。そこで、肩をいじり回す行為を止めるように話しました。  この日も運動鍼をやって治療を終え、けして右肩をいじらないようにお願いして治療したら投げても痛みが出なくなりました。  

一般に人は痛いところがあると、無意識でそこを押したり揉んだりするものです。そうすることで痛みが一時的に緩和されるのも事実です。しかし、探求心の強い人や、不安の強い人は、大概何処が何で痛いのか解明したくて痛みを再現し、悪い場所を探そうとします。結局それが痛みをいつまでも治らないようにしているのです。 医者の診断が間違っているわけではないのですが、患者さんの不安を取り除こうとせず、養生も指導せず、そのうち治るでしょう的な対応をしてしまうとこうしたトラブルが発生します。 痛みを気にしてびっこを引くのも症状を長引かせる原因になります。

普通に歩いて取れた足の痛み 50代 男性  
 10日前に右足で小石を踏み抜いて5針縫った。 抜糸したが不安で足が付けない。 傷を浮かした格好で歩いてるせいか、腰も肩もあちこち痛くなってきた。と言ってびっこを引きながら治療にみえました。 痛いところの治療を一通りやり終わってから、びっこを引かず、傷口をかばわないでゆっくり正しく歩くように指示しました。患者さんは恐る恐るでしたが、ちゃんと傷口も床に付けて歩くことが出来ました。それっきり下肢痛も腰痛も治ってしまいました。

 足を怪我すると傷をかばってびっこを引くのが常ですが、そうすることで治りは極端に遅くなってしまうばかりか、あこちに痛みが広がってしまうことも多いものです。それは傷をかばうことで脳に「その場所が痛いんだ」と記憶させてしまうため、いつまでも痛みが取れなくなる場合があります。
 傷があらかた治っているのであれば、「そこはもう大丈夫なんだよ」と自分の脳に教え込んで、痛みの記憶を消てしまうと残ってる傷の治りも早くなるのです。また、こうした痛みの記憶を消すのに鍼の鎮痛作用は役に立ちます。上手くすると、わずか1本の鍼を1仍匹垢世韻修両譴任舛磴鵑畔發せることが出来ます。

 

原因不明の慢性症状 4 MPS

  • 2014.07.03 Thursday
  • 10:52
筋、筋膜の問題(トリガーポイント)が主因だった症例  

 トリガーポイントという言葉をお聞きになるのは初めての方もいらっしゃるでしょうからまずはトリガーポイントがなんなのかを、筋筋膜性疼痛症候群(MPS)研究会の見解を抜粋要約してご説明します。
 
筋筋膜性疼痛症候群 MPSとは?

概要  筋筋膜性疼痛症候群(きんきんまくせい とうつうしょうこうぐん、Myofascial Pain Syndrome:MPS)は、筋肉が原因となって痛みやしびれを引き起こす病気です。 日本では筋痛症とも呼ばれることもあります。  
 この病気は1980年代にアメリカで『Travell & Simons’ Myofascial Pain and Dysfunction: The Trigger Point Manual (筋筋膜性疼痛と機能障害: トリガーポイントマニュアル)』(Janet G. Travell 医師とDavid G.Simons医師の共著)という医学書にて発表されました。  
 通常、我々が急激に重い物を持ったり、無理な姿勢等により繰り返し筋肉に負荷をかけると筋肉に微小損傷が発生します。いわゆる筋肉痛の状態です。通常、この痛みは数日程度で自己回復をします。しかし、さらに、繰り返し筋肉に負荷を与えたり、寒冷にさらされたりして血行の悪い状態を作ると、その部分が痙攣(けいれん)状態になり短期間で自己回復できなくなります。この状態が筋筋膜性疼痛症候群(MPS)になった状態です。
 筋筋膜性疼痛症候群(MPS)では一般的な筋肉痛とは異なり、痛みやしびれの強さが相当激しいものになり、更に痛みやしびれの範囲が広範囲に発生します。 症状 この病気の主な症状は痛みとしびれです。

原因  重いものを持ったり、長時間の同じ姿勢、筋肉に負担のかかる姿勢などによる筋肉への過負荷が大きな原因です。

診断  筋筋膜性疼痛症候群(MPS)の存在自体が日本ではほとんど知られていなく、レントゲン、MRI、血液検査などに現れないため、一般の医療機関では診断、治療が困難です。筋筋膜性疼痛症候群に詳しい医療機関で診断をしてもらう事が必要です。 押すと痛みが広がる部位(トリガーポイント、発痛点)があるか?  筋筋膜性疼痛症候群(MPS)では、筋肉の痙攣(けいれん)、硬直部位に物理的に力を加えると、そこから痛みが広がるような点が見つかります(トリガーポイント、発痛点と呼びます)

間違えられやすい病気  筋筋膜性疼痛症候群(MPS)は以下の病気として、誤った診断をされることがあります。
•緊張型頭痛•顎関節症•頸肩腕症候群•五十肩•テニス肘•腱鞘炎 •椎間板ヘルニア•脊柱管狭窄症•椎間板症•腰椎すべり症 •変形性股関節症•変形性膝関節症•半月板障害 他 
また、発生した筋肉の部位により、以下のような症状が出ることがあります。
•非回転性めまい •耳鳴り

治療  筋筋膜性疼痛症候群の治療においては有効な医薬品はまだなく、治療により筋肉内の痙攣(けいれん)を解く治療が一般的です。
トリガーポイントブロック注射  筋肉の痙攣(けいれん)部位に局部麻酔注射をすることにより、筋肉の痙攣(けいれん)を解き、血流を改善する方法です。(一般的に痛みの治療で行われる、「硬膜外ブロック注射」「神経根ブロック注射」とは異なります)
トリガーポイント鍼療法  東洋医学の鍼治療で用いられる鍼を使用して筋肉の痙攣(けいれん)部位に刺激を加え、痙攣(けいれん)を解く方法です。  

 しかし、この見解も日々変化しつつあります。今の時点で私が理解しているのは、
筋肉のこりが痛みや痺れ、違和感、自律神経症状などを引き起こす事が医師の間でも認められてきている。
コリの中でも思わぬ所に痛みを飛ばし、長年苛み続けるようなものがある。
それに注射や鍼を打つと場合によっては瞬時に症状が取れる事がある。それをトリガーポイントと呼んでいる。と言うことです。

 人の身体は痛みを発している場所と痛いと感じる場所がずれてしまう事があります。この場合痛いと感じる場所を触っても、痛みが再現されることはなく、少し離れたところを押すと痛みが再現できるポイントが見つかることがあります。そのポイントこそトリガーポイントです。  
 これまで、痛みの大半は神経が圧迫されて炎症が起こって発生すると言われてきました。そこで消炎鎮痛剤を処方したり、痛みを起こしていると思われる神経に麻酔薬を注射したり、神経を圧迫しているものを取り除く手術がとられてきましたが、中にはそれらが効かないケースが数多くありました。そうした痛みの大半が実は筋肉のこりが原因となっていたのではないかと言われ始めています。
 トリガーポイントによる痛みは原因が解消されない限り何年でも持続し、痛みも強く、痛みを遠くにまで飛ばす性質からまるで椎間板ヘルニアによる神経痛とよく似た症状を起こします。また、神経痛や関節炎に合併しても起こるため、痛みの原因と思われた問題を治療したにもかかわらず痛みが残ってしまうケースがあったわけです。そこで痛い所には常にトリガーポイントがあることを考慮する必要があるのです。

原因不明の慢性症状 5 MPSによるもの

  • 2014.07.02 Wednesday
  • 11:07
まずはトリガーポイントが原因だった症例を見てみましょう。

症例8 両腕が常に痛い 30代男性 
 半年前から左腕が痛くなり、病院で検査したら軟骨が出て神経を圧迫していると言われたそうです。そのうち右側も痛くなり、両方の上腕(肩から肘まで)が常に痛く薬が効かないので、酒で酔いつぶれて寝るしかない状態でした。

症例9  肩の痛み 40代男性
 1年前スキーで転んで、手を胸の前に構えた状態で胸を強打した。その後背中が痛くなり、春頃から左肩が痛くなって、秋には肩の痛みが強くなった。今は夜も少し痛む。痛み止めや湿布は一時的に効くが治らない。 重いものを持ったり、左手を使うと痛みが強くなる。  

症例8は軟骨が神経を圧迫していると言う説明でしたが医師による治療が効かなかった例です。症例9は整形外科で診てもらって治療を受けても治らなくて来院したケースです。この2例がどうなったかというと、

症例8    
 頚の側面と上腕に押すと痛みが出現するポイントが見つかったのでそこに針をして電気(低周波)を流す方法をとり、十日間で四回治療したら痛みが二割まで激減し、五回目で右腕の痛みは止まり、治療開始から一ヶ月、十回の治療で良くなりました。

症例9  
 肩はグルグルといくらでも回せて動きに制限はなく、肩関節には押して痛いところも見られませんでした。なのに、肩の後ろ側に痛みを訴えるので、 丁寧に背中を探っていくと、ちょうど打撲した胸の反対側に当たるところに強い圧痛を伴うしこりを見つけました。そこに鍼を打ったところ、2回治療して痛みは1割ぐらいに減り、4回の治療で1年苦しんだ痛みはすかり消えました。  

 いずれもトリガーポイントを見つけて治療したら治りました。このトリガーポイントはレントゲンやMRIでは映らない変化なので、画像検査では見つからないとも言えます。トリガーポイントの見つけ方は、痛い動作で使われている筋肉を触って症状を再現する圧痛を探します。的確にそうしたポイントを見つけ出す知識と技術が必要な検査なので、一般に普及していないのが現状です。  
 また、なぜ薬(主に鎮痛剤)が効かないかというと、コリをほぐし、局所の血流を改善して過敏になった知覚神経の末端を鎮めることが痛みを取る方法なので、鎮痛剤(消炎剤)は効きません。  

 さらにトリガーポイントが原因だった症例を紹介しましょう。

30代女性  
 半月前から何となく左下肢が痛くなっていたが、最近左の膝に痛みを感じる。と言って治療に見えました。 診たところ膝関節には問題が無く、太ももに強い圧痛点(トリガーポイント)がいくつか見つかったので、その圧痛点に鍼を刺したところ一回で痛みが2〜3割に減り、2回治療して良くなってしまいました。

70代男性    
 10日前から歩きすぎたせいか左膝の内側が痛く、ふくらはぎもつれると言って治療に見えました。 だいぶ太っている方なのですが、本人が痛いと指さすところには圧痛はなく、その少し上にあった圧痛に鍼をしたところ痛みが減りました。  
 びっこを引かず、普通に歩くように指示し、2回目の治療では膝の後ろにトリガーポイントを発見、それを治療して痛みは4割減りました。その後も3日おきに治療して2割ぐらいずつ痛みが減り、12日間で5回治療して良くなりました。
 
60代女性  
 10日前から左膝の内側が痛くなった。健康のため週に2回ぐらい20分の散歩をしている以外特に思い当たることはない。と言って治療にみえました。 小柄でやせている方なので、体重が重くて膝が痛くなる訳もありません。膝の所見を取ってみてもさしたる異常は見つかりませんでした。そこで、どこか離れたところから膝に痛みを飛ばしているポイントがあるかもしれないと思い、あちこち探ってみると、膝から15僂阿蕕ぞ紊瞭盡圓縫灰螢灰蠅箸靴振い圧痛が見つかりました。  
 ちょっと押しただけでも身をよじるように痛く、そこを押し続けると膝の内側に痛みが走り、まさに患者さんが訴えていた痛みが再現できました。そこで、しこりに鍼を当てて低周波を流したところ膝の痛みが取れました。

 トリガーポイントを勉強するようになってから腰痛の治療成績がグンと良くなりました。それは腰痛の原因が脇腹の筋肉群にあるケースを覚えたからです。以下に並べるような症例をわずか2ヶ月の間に次々と経験しました。

70代男性
 3日前の朝靴下を履こうとして腰が急に痛くなった。今年に入って3回目の腰痛だと言って来院されました。上体の前後屈で腰が痛くなり、痛いところの上の方にトリガーポイント(痛みの原因になる筋肉のコリ)が見つかったので、そこに鍼を打ってみたものの、さほどの効果は出ませんでした。  
 翌日には腰の痛みが右側に寄ってきた。右足を挙げるのがつらいと訴えが変わったので、お腹の深いところにある大腰筋をゆるめる手技を施したところ、少し楽になりました。3日後だいぶ動けるようになったが、時々ぎくっと痛みが横に走ると言うので脇腹を探ったら、左右両方に強い圧痛点がいくつも見つかり、そこに鍼を追加して打ったところ治療直後から腰が楽になりました。  
 さらに3日後には前後屈は楽になり、その後3回同様の治療を行い次第に脇腹の圧痛点が減って治療を終えました。この治療経験がきっかけとなり、痛みが横に走る腰痛は、必ず脇腹の圧痛を探るようにしたところ、次々と同じような症例に遭遇しました。
 
80代女性 
 いつもは肩こりの治療が多い方なのですが、この日は腰が痛いと来院されました。痛いところを指し示してもらったら、腰に一文字を書くように手を動かされたので、脇腹を触ると筋肉が硬くなって沢山の圧痛が見つかりました。腰と共にそこにも鍼をしたら、一回で腰が楽になりました。

70代女性
 荷物を持ってぎっくり腰になった。明後日には謡の発表会で出かけなければいけない。と治療に見えました。痛みが腰から腹まで響くとおっしゃるので、両脇腹を探ったところ、割と前の方まで筋肉が硬くなって強い圧痛が沢山見つかりました。腰と脇腹の圧痛点の鍼治療で痛みは少しずつ減っていき、2週間の間に7回治療して良くなり、最終的に脇腹の圧痛も無くなりました。

50代女性
 昨日雪をつついて腰が痛くなった。前屈するとギクッとくる。と言って治療に見えました。痛みを訴える腰仙部に鍼をして4回の治療でだいぶ良くはなったものの、今ひとつ抜けきらない感じが残っていたところで、花の植え替えをしたところまたピクッと来てしまいました。この時初めて脇腹を探ったら圧痛がいくつか見つかり、そこに打ったとたん腰の痛みが楽になり、足が軽くなったと驚かれました。

20代男性
 2〜3日前から左腰がモヤモヤする。太ももの後ろも重だるい。と言って治療に見えました。腰を後屈、右側屈、左回旋すると左腰に痛みを感じ、脇腹を探ると、左の腰方形筋が硬くなって、肋骨への付着部に圧痛が見られました。そこを狙って鍼を打ったところ、2回の治療で腰痛は良くなりました。パソコン画面が正面と左にあり、常に左に上体を向けて画面を見ていたことが左の腰方形筋に負荷をかけた原因だったようでした。

60代男性
 慢性腰痛で時々治療に見える方です。この日は横に腰が痛いとおっしゃるので、脇腹を探ったら、強い圧痛が複数見つかったので、埒欧砲靴胴と脇腹の圧痛点に置鍼(鍼を刺してしばらく置いておく方法)したところ、治療直後から痛みが楽になりました。 この方はとても過敏な人で、いつもは鍼を深くは刺せないのですが、この時は珍しく必要なところまで鍼を差し入れても痛がらず、客観的にも腰と脇腹の筋肉がゆるんだ感じがわかりました。
 
60代女性
 前日青森でぎっくり腰になり、窮屈な思いをしながら車に揺られて帰ってきた。と治療に見えました。 前屈すると左の腰と左の脇腹に痛みを訴えるのですが、左を上にして横寝になってもらうと腰が痛いとおっしゃるので、仕方なくまずはうつ伏せで腰の鍼を打ったのですが、緊張はゆるまなかったので、改めて左上の横寝になってもらい、脇腹の圧痛にも鍼を刺して5分ほど置鍼したら腰が軽くなってしまいました。  

原因不明の慢性症状 6 骨膜のトリガーポイント

  • 2014.07.01 Tuesday
  • 11:07
トリガーポイントは筋膜だけでなく、腱や骨膜にも発生すると言われています。骨膜に発生した場合、一見骨折しているのではないかと疑われるような痛みを起こします。しかし、うまくトリガーを不活性化(脱感作)出来ると折れてたと思えるような痛みもあっという間に治ってしまいます。

足首の痛み 60代女性  
 18日前に転んで右足首をねんざした。病院で痛み止めと湿布をもらったが効果なく、歩くと外くるぶしが痛いとびっこを引いて治療に見えました。物につまずいて右前方に身体が飛んで右足首が伸ばされたような傷め方をしたそうです。
 病院のレントゲン検査では骨折はないと言われたそうですが、くるぶしの上に圧痛と強い叩打痛がみられ、ひびが入っているのを見落としたのではないか?と思ったのですが、患者さんが治療を試して欲しいと言うので、腓骨の骨膜に発生したトリガーポイントとして鍼先を骨膜に当てる治療を試みました。加えてアイシングとテーピングもして少々痛くてもびっこを引かないで歩くことをお願いしました。  
 二日後にいらしたときには刺すような痛みが無くなり歩きやすくなったそうで、結局3回の治療で治ってしまいました。骨膜にもトリガーポイントができるとは聞いていましたが、今回この方がそれを確認する初めてのケースになりました。  
 

すねの痛み 30代男性  
 2ヶ月前から砂利道をジョギングしてたら次第に左すねの内側が痛くなった。気にせず続けていたら、とうとう立っているのもつらくなった。と治療に見えました。左の脛骨下15僂阿蕕い里箸海蹐どこを押しても飛び上がるほど痛がり、叩くと響くので、ヒビが入っている可能性も否定できませんでした。
 しかし、転んだりぶつけたりしたわけでもなく、ジョギングをしているうちに次第に痛みが増してきた経緯からして骨膜の痛みではないかと推察し、一番細い鍼で圧痛を目安に刺鍼し骨に当てるようにして打ち、お灸を据えて一回目の治療を終えました。治療直後は痛みが少し軽くなったぐらいでした。念のため病院でレントゲンを撮ってもらいヒビは入っていないとわかりほっとしました。
 この方はがに股で歩くため、ジョギングもがに股になっていたようで、つま先を真っ直ぐにして歩かせると痛みが少なくなることから、走り方が悪くて左のすねの滑膜にトリガーが出来たのではないかと思われました。つま先を真っ直ぐにして歩くように指示して足底にテーピングを貼って帰しました。
 その後は治療翌日には痛みが減り、3日後来院したときはすねの圧痛が1/10ぐらいに減って歩いても痛くなくなっていましたので、2回治療して終了にしました。

手背の打撲痛 10才 男児
 6日前に野球の試合の事前練習中コーチが投げた玉が左の手の甲に当たり受傷した。何の手当もされないまま試合に出させられた。試合中ライナーをキャッチしたらズキンと痛みが手に走り、その後フライを打ったときも同じように激痛が走り、手が腫れて痛みを我慢できなくなって離脱させて欲しいと申し出た。
 その日は遠征だったので、痛みをこらえながら帰宅してから近医でレントゲンを撮ったら骨に異常はない、痛みが増すようだったら来るように言われ痛み止めと湿布が処方された。さらに超音波治療を受けたが頭が痛くなって止めた。その後は痛みが増すことはないが治らない。手に響いて痛いので走れないと言って連れてこられました。
 本人は何をされるのかといった表情でおびえており、受傷した左腕は怖がって動かそうとしませんでした。まさにプチPTSDの典型例です。そっと手を動かさせてみて麻痺が無いことを確認し、握力を図ってみると右11垪0圓任靴拭
 「痛みをこらえてよく頑張ったな。痛かったろうけど、チームに貢献して偉かった。我慢したご褒美に何か買ってもらわないとね」と声をかけたら、にこっとしていました。
 圧痛は打撲した手の甲を中心に手首を背屈させる筋肉上に並んでいました。全ての圧痛に極細の鍼を刺し、お灸を据えました。治療直後は圧痛が少し減ったのを確認してから手首に固定用のテーピングを巻いて治療を終了しました。
 2日後見えたときにはだいぶ左手を動かせるようになっており、患部の圧痛も1/3に減って、握力は戻っていました。同じように治療してさらに2日後来院したときはにこにこと元気な表情で、自分から「痛くなくなりました。大丈夫です」と答えて治療室に入ってきました。手を叩いても動かしても痛みが無く圧痛も消えていたので、治療終了としました。

 トリガーポイント鍼療法については現在急速に研究開発が進んできています。私が取り組み始めた頃は浅い所の筋肉のこりしか見ていませんでしたが、最近では深い所のコリや、骨膜などにも治療するようになり、紹介したような効果を上げられるようになってきました。また、痛みやしびれだけでなくその他の愁訴でもトリガーの可能性を探るようになっています。
 トリガーポイント鍼療法が完成すれば、鍼灸治療の医療的評価は確たるものになるでしょうし、その他の鍼灸の効果についてもより研究が進むことになると思います。
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原因不明の慢性症状 7 絞扼性神経障害によるもの

  • 2014.06.22 Sunday
  • 11:09

   絞扼性神経障害の治療

 トリガーポイントと並んで問題となるものに絞扼性神経障害(こうやくせいしんけいしょうがい)があります。トリガーは筋繊維レベルのコリによる障害なのに対して絞扼性神経障害は筋肉が硬くなる事でその中を通過する神経と血管が締め付けられて起こる症状です。絞扼される部位や程度によって異常感覚、鈍痛、疼痛、痺れ、だるさ、冷感、灼熱感等が起こり、神経の変性が進むと運動障害、筋力低下、筋萎縮などを引き起こします。 軽いうちであれば、鍼灸治療で効果は劇的に現れます。症例を紹介しましょう。

太ももの痺れ 60代 男性 
 重いものを持ったせいか左太ももの前から内側がピリピリと痺れて感覚が鈍り歩きづらくなった。昨日整体して腰は楽になったがしびれはまだ残っていると言って治療に見えました。左足の付け根(ソケイ部)が硬くなって押すととても痛がりました。太ももの前から内側にかけて触っても感じにくい場所が見られました。
 所見からすると大腿神経が筋肉の緊張で締め付けられて起こる絞扼性神経障害(こうやくせいしんけいしょうがい)のようでした。足の付け根の硬くて痛いところに鍼をして腰の深いところの緊張を解したところ、その場で痺れが半減し、三回治療して治りました。 
 
肘内側から前腕の痛み   50代 男性  
 一月前から右肘内側から前腕が痒いような疼くような感じがしている。頸を動かしての痛みやつれは無く、肩の後ろと肘内側の上下を押すと前腕の痺れが見られたのでそこに置鍼した。2診目では上腕の痛みは消失したが、前腕内側の症状は変わらなかった。そこで肘内側の圧痛に鍼やパルスを行ったところ前腕中央の痺れは消失し、内側に鈍痛が残った。
  ところがそれ以上症状がよくならなかったので4診目に思い切って尺骨神経溝(神経が通る溝)に刺鍼したところ前腕部の痺れはすぐに消失した。

腕と中指の痛み  50代 女性
 3日前から肘から前腕後側と左中指が痺れる。昨年手首を捻挫したせいかと思い整形を受診しレントゲンでは異常なかった。初診時はさしたる所見が無く、本人が気になるという所に刺鍼し響かせたらしびれが3割に減った。
  ところが除雪機械の操作で3診目には朝方中指のジンジンする痺れで目が覚めると訴え頚肩腕に鍼と灸をし、肘に通電をしたら上肢外側の違和感と中指のピリピリ感が残った。この時点でようやく手根管症候群を示す所見(手根部のチネルサイン)が出たので前腕の緊張部と手首の内側にパルスと施灸を追加したら症状が消失し、6診で治療を終了した。

  症例の経過を見ても分かるように、最初から診断がつくような所見が出揃うことは希で、治療点を見つけるまでには丁寧な診察を繰り返す必要があります。また、複数箇所絞扼されていることが多くさらには、神経根症とよばれるより重い病態を併発していることも多いので、悪いところは複数あると思って診察する必要があります。
  尚、お医者さんの方での治療の目安を成書にみると、「急性に発症したものは局所の安静、消炎剤、ステロイドの局注、装具を使っての関節の安静で3ヶ月ほど経過観察をする。これで改善しないものは手術の対象とする。慢性化して変性型障害に陥ると手術を行っても筋萎縮などの回復は不良となるので早期発見早期手術が原則」とあります。
  しかし患者さんたちの多くは切らないで治す方法を希望し、表現に語弊はあるものの、いわゆる「様子を見る」式の保存療法に満足できず鍼灸院を受診し良くなっている方が沢山います。
  神経の変性が進んだ慢性例では手術以外に回復を望むのは困難ですが、患者心理としては医者から手術を勧められても最後の望みを掛けて鍼灸院を受診することは多いものです。こうした場合、筋肉の萎縮や細かい指の動きの程度を正確に評価しながら期間を区切って鍼灸治療を試みます。それで回復の可能性が無いと判断されたものには患者さんを納得させて専門医に紹介する事となります。やるだけやって納得した上での手術は良い結果をもたらします。


          

まとめ
   今回は医療機関で曖昧にされている慢性の症状で鍼灸院で解決しているものの要素は3つあると言うことを紹介しました。こうした事態に陥らないために、鍼灸院を上手に利用していただければ幸いです。

リスクマネジメントの意義

  • 2013.10.10 Thursday
  • 23:35
2008年から3年間をかけて行ったリスクマネジメント講習会における私の原稿をアップします。 何かの参考になれば幸いです。

1 リスクマネジメントの意義 リスクマネジメントはなぜ必要なのか  
 リスクマネジメントについて書かれた本の多くは、「事業にかかわるリスクを分析し、そのリスクをどのように管理・制御すればよいのか」という点について詳細に論じ、それでも損失が生じた場合に備えてどのような準備をすべきか書いてあるのが一般的です。  
 これを利潤追求だけが本来の目的ではない鍼灸院に置き換えて考えると、鍼灸治療は常に沢山のリスクを伴うので、そのリスクを上手く回避しながら治療を継続し、人々の役に立つとともに自分の生計も立てていくのにリスクマネジメントは必要になる。と言えます。  
 そして、もっとも肝心な事は、院長がどこまでリスク管理の重要性を認識しているかでその治療院におけるリスク管理の限界が決まると言う事です。  
 医療事故を起こすのは必ずしも知識や経験の不足した初心者とは限りません。むしろ統計的には、充分な経験を持つ熟練者が起こすことが多いのだそうです。そこにある原因は多忙、疲労、過信、慣れ、危険率の高さなどの要素が重なればミスや事故は起きます。  
 来院者数が増えるほどあらゆる項目の危険率は高くなり、逆に治療者側の管理力や注意力は低下します。さらにクレームをつける側も、あるところからは取るが、取れないところからは取らない。と言う心理も働き、ベテランになって流行ってくるほどにトラブルがクレームとして浮かび上がってくる可能性は高くなります。
 ですから、ベテランほど、そして流行ってるほど危険率は高くなります。患者さんの方の期待値も高くなるため、難しい疾患を治療する機会も多くなるし、患者さん側もすがってくるようになり、かえって見切りが遅くなりがちで、責任も重くなります。

2 リスクの洗い出し  
 まずは最も簡便な手法として思いつくままに箇条書きで「リスクの洗い出し」を行います。次にそのリストの中に記載された個々の問題について治療院の命取りになるかどうか、起こる可能性はどうか、対策にかかる費用、手間、得られる効果はどうか。など緊急に対応するものと、順を追って対応するものに分け、具体的な対策を練り実施していきます。 
 さらに一定期間が経った時点でそうした対策の問題点を洗い出し、改良を加えたり、新たな問題の発生があればそれに対する対策の新設も講じていく事になります。 針灸院におけるリスクとは、「鍼灸医療安全ガイドライン」にあげられる感染や有害事象(医療過誤、院内事故)だけでなく、症状悪化・無効果・セクシャルハラスメント、ゆすり、詐欺、プライバシー漏洩などと幅が広く、その対策は、技術的な安全管理のみならず、医療人としての人格、面接対応能力の向上まで含まれる事になります。
 さらにリスクマネジメントが治療院の経営損失を最小限に食い止める事を目的とする観点からすると、患者さんの不満や不都合を減らすことで患者さんの離脱率を下げるところまで含めて対策を練ることになります。 その辺までリスクとして洗い出しをして見ましょう。以下に私が現時点で考え付いた項目を並べてみました。

3 リスクに対する主な対策
 感染
  *針による細菌感染、ウイルス感染  まずは水平感染を防ぐ
  *空気感染   結核のハイリスク者をあぶり出し注意する    
  *飛沫感染   使い捨てマスクの用意
医療過誤、
  *折針   メーカー品の使用
  *火傷   箱灸の利用。灸頭鍼をしない。間接灸の管理
  *気胸   タオルをかけたときの配慮。ハイリスク者への注意
  *銀粒の埋没   注意事項の明文化
  *絆創膏かぶれ   貼る前の確認
  *抜針困難   ハイリスクの把握と対策
  *針の抜き忘れ   本数の確認
  *残針感   起きてからの説明テクニック
  *症状の悪化   詳細な分析と詳しい説明、いい訳より安心させるのを優先
  *失神   高温多湿座位に注意。寝不足、過敏者への配慮 安全な処置
  *出血   患者への声掛け。
  *金属アレルギー   事前の確認。医療機関への紹介と説明 
治療姿勢での悪化  
  脊柱管狭窄や下肢症状のある人の仰向け、梨状筋症候群や股関節痛の横臥、膝痛の膝枕なし仰向け、足首枕なしうつ伏せ、                          五十肩の臥位、めまい患者の横寝、喘息患者の臥位、     
院内トラブル 
  *転落   電動ベッド使用上の注意。手すり
  *急病   救命措置の訓練 対応方法の確認
  *誤診 見落とし   診断能力の向上 他人の診断を鵜呑みにしない
  *見立て間違いによる対応の遅れ   勉強 病態の見直し期間の設定
  *患者及び家族等関係者とのトラブル、病識のズレ   例え話をしない。納得するまで説明する。      
  *セクハラ    一人院での注意や工夫 鼠径部の触診、タオルのかけ方の工夫        
  *症状の悪化   安全な治療技術の開発 説明。
  *個人情報の漏洩   セキュリティー対策
  *養生不足   文書の配布 説得
  *挙動不審者対策   凛とした対応 住所、電話番号の確認
  *無理な要求   対応パターンを決めておく
  *後だし愁訴   治療前の声掛け
  *貸し出し物   貸し出し票 保証金
  *未払い 無断キャンセル 予約時間の無視 酩酊 犯罪 盗難  金銭、情報の管理
  *嫌がらせ   毅然とした態度、
  *詐欺     隙を見せない 
  * 風邪   室温とタオルの気配り 発汗 室温と個人差への配慮
  *匂い   香水への対処
  *咳   マスク、換気、
  *失禁   声掛け、ガウンの用意、紙パンツ 脱糞 後始末の準備
  *嘔吐  俳痰   ティッシュの処理方法 汚物処理 手袋マスク、

4 リスクコントロールの分類  
 テクニカルな観点や損失発生時期を基準に事前・事後といった考え方から、次のような手法に分類することができます。
1.リスクの回避 :診断力の向上 治療技術の向上 失敗談の勉強
2. 損失発生の予防・防止: 具体的な対策の実施
3. 損失の軽減 :医療者としての基本姿勢の確立。職業倫理の徹底
4. リスクの分散 :セカンドオピニオン、医療機関との連携、家族への相談
5.契約によるリスクの移転 :損害保険への加入、メーカー品の使用  
 鍼灸院においては、「事故を起こさないようにしないと治療院の経営は危うくなる。」また、「トラブルが少なければ経営は安定しやすい。」と言えます。

 
医療機関におけるリスクマネジメントの基本姿勢    
 医療機関におけるリスクマネジメントは、他の業種と違ってまず患者さんの安全と健康を守る事を優先させる面と、医療機関側の利益を守る面の両方があります。  
 いわゆる医療過誤の防止については患者さんの利益優先で対策を立てていくのが適切で、言いがかりの類には隙を見せない対策が優先されます。  
 また、人間は感情の動物なので、小さいトラブルがこじれてしまわないようにするには、日頃の言動や診療姿勢が非常に大事になります。洗い出されたリスクを分析、評価し対策を練るにはそうした大まかな分類枠を考慮しておくと良いと思います。 また、起こってしまった問題を解決する場合に医療機関は患者さんの感情的後遺症まで配慮すべきだと思います。日本人はお金より気持ちが大事なので、卑しくも医療者ならば被害者の心情を軽くし、心にしこりが残らないように願い振舞うことがもっとも大切であるからです。  
 常日頃から患者さんの安全と健康を第一と考える思想を身に染み込ませる努力をしていればこそ、とっさの時の判断と言動が患者さんにとっての被害を最小限に食い止め、被害者の精神的ショックを和らげる事につながり、その結果としてこちらの謝罪を受け入れてもらい、治療院としての被害を最小限に食い止める事が出来ると私は考えています。
JUGEMテーマ:健康

医道の日本誌投稿原稿 2007年9月号

  • 2011.08.11 Thursday
  • 23:35
伝えたい心に残るこの症例 と題したテーマで業界紙に投稿した記事を一部手直しして掲載します。鍼灸界にたいして私が日頃思っていることを述べた内容です。


患者さんの役に立つ家庭医の能力とは何か        かとう鍼灸院 院長 加藤雅和  


 今回このコラムに執筆のチャンスを頂いて、鍼灸臨床に携わって25年の間に出会った沢山の患者さんや医療関係者との忘れえぬエピソードのなかから、何を選び何を伝えようか迷った。貴重な失敗談や教訓話はこれからも多くの方が書いてくださると思うので、私は少し視点を変えて、家庭医として鍼灸師に出来る事のひとつ、「何げない愁訴の原因を見つける事」が、患者さんにとってどれ程大きな助けになるかを症例を紹介しながら述べたいと思う。  

<専門医が重篤な疾患の除外ばかりに気を向けて、患者の観察を怠ったために8年もの間無駄な検査と治療を繰り返していた舌痛症の例>
 今から8年前、当時62歳の調理師をしている小太りの女性が、左の顔が痛いと訴えて治療に見えた。詳しく聞くと、左目の奥が痛く目が渋い。鼻筋の左側も痛い。口唇の内側と舌の先がピリピリすると言う。痛みには波があり、強い時は吐気もする。  
 

 そもそも初診時から8年前に左鼻と口の中が痛くなり出したのが始まりで、歯から苦味を感じたので歯科を受診して、歯の治療をしてもらっても痛みは変わらず、次に皮膚科で診てもらったら金属アレルギーだと診断され、歯に被せてある全ての金属を取り去ってもらったが症状は変わらず、以後、耳鼻科、内科、眼科を受診し原因が分からず、ペインクリニックでは三叉神経痛としてブロック注射を受けるも効果なく、山形、福島、宮城の名立たる大学病院の脳外科を回るも異常無しと診断されるだけでどんな治療も効果がなかった。ただ、何かに気をとられると紛れるのと、寝るとましになると言う。  

 目から鼻、口の中、舌先と痛い部位が広がっているので、どうしても三叉神経痛か何らかの脳内疾患を想定したくなるのだが、すでにそれは否定されているので、まずは凝っている左肩から解して様子を見ることにして治療を開始した。  

 最初は頸肩部の緊張したところと左合谷、崑崙に切皮置針をし、軽いマッサージを行ったら、少し痛みが少なかったと言うので、2診目は両肩の切皮置針に加えて左孔最、合谷のパルス1Hz10分を行ったところ、翌日にこれまでになく痛みが強くなって不安だと電話があった。  

 その後痛み止めを飲んで少し楽になったが、3診目は、2診と同じ治療に顔の赤外線照射を加えたら翌日は良かったものの、3日後には痛みが強まり、4診目はいつもの治療の後に残った凝りに置針を追加してみたものの効果は数日しか持たず、治療に行き詰ってしまった。  

 5診目に患者さんの顔をまじまじと観察すると、口の中で舌を動かして唇の裏をなめている様子が見て取れた。「もしかして鼻の痛みと口の痛みは別ではないか?」と思い立ち、鼻の痛みと口の痛みは同時に起こったのか改めて聞き直したら、何と発症日が違っていることが分かった。そうなると三叉神経痛や脳内疾患を疑うより、口の痛みは精神緊張から舌先で唇の内側をなめ続けているための舌痛症ではないかとようやく思いついた。  

 そこで時々口を開けて力を抜くように心がけ、頬をマッサージするように指示した所、6診目には「自分がいかに身を硬くしていたか分かった。症状がグッと楽になった。」と喜ばれた。8診目は「治ったみたいだ」と言い出し、9診で症状が消失したので治療を終了した。「私の8年間は何だったんでしょうね」という言葉を残していった。  

 今になって振り返れば、鍼治療の方向性は逆だったようだし、もっと早く舌痛症を疑ってもいいほどサインは沢山現れていたのだが、目や鼻の痛みと口の痛みをひとつのものと捉えた先入感が病気の本態を見つけ出すのを遅らせた。それでも、8年もの時間と治療費の浪費を私で止めた点は実質的に役に立つ仕事をしたと自負している。  

 検査を駆使して悪性疾患や希な病気を見つけ出すのは現代医学の得意な分野であるが、逆に、生命を脅かさず、手術を必要としない愁訴に対しては、それこそ我々鍼灸師がその受け皿となれると思っている。その理由を知ってもらうためにもう少し私の忘れられない症例を紹介する。  

<患者の性格から日常生活動作の癖を言い当てて治した例>
 当時56歳の測量事務所に勤める女性で、いつもは肩こりや手の痺れで来院する人が、ある日右足親指の痛みを訴えた。朝足をつくときが痛い。原因となるようなことは思い当たらないと言う。診ると母趾の中足指節関節に圧痛がある。ここに負担をかけるような動作をやったに違いない。  

 以前私自身が同じ症状で数ヶ月苦しんだ事があった。結局原因はお風呂で片膝立てになって子供の頭を洗ってやる時に足の親指に負担がかかって傷めたのを思い出した。お風呂場で身体を洗う時、風呂用椅子に腰掛ける人と、バスマットの上に片膝立てになる人がいる。女性の湯浴みの仕草としては後者は上品な形である。  

 この方も、とても上品な女性なので、もしかしてそのような姿勢で身体を洗う癖が無いかどうか訊ねてみたら、どうして分かるのかといぶかられた。しかし、私の指示どおり風呂用椅子を使うようにしたら親指の痛みは治ってしまった。  

 お風呂で身体を洗ったり、頭を洗っている時はそちらに気持ちが集中しているので、足の指に負担がかかっていることに気付かないことが多い。しかしこうした癖に気付けないままだと関節炎は慢性化し、ひいてはかつての私のように、それをかばって次々といろんなところを傷めてしまう。そうした一連の障害を未然に防ぐには患者さんも意識していない癖を見抜いてあげることが重要になる。しかし、患者さんの仕草や性格から身体を洗う格好を推量して原因を指摘するといったような事に真面目に取り組む医師がいるのだろうか?  

<あり得ない寝相が原因で痛みの引かなかった股関節痛>
 症例をもうひとつ、50代の歯科医師で右の腰下肢痛を訴えてきた。所見から腰よりも股関節に負担がかかってるように見えるのだが、思い当たる事は以前ターザンのまねをして蔓にぶら下がって遊んだ時に腰から落ちて尻餅をついたことぐらいしかないと言う。重篤な疾患が隠れているとは思えないので愁訴の出ている周囲の緊張を解しながら経過を見たが、決まって朝起きる時が一番痛みが強いと言う。  

 本人は尻餅の後遺症だと思い込んでおり、再三それが原因だと主張するために、どうしても私の目は腰に引かれがちになったのだが、いつも朝起きがけが悪いとなると、寝てる間に何か負担をかけていることになると思い、「どんな格好で寝ていますか?」と訪ねたら、「私は寝相が悪いんですよ。うつ伏せで、右足を腹の下に畳んで寝る癖があるんですよ」と言う答えが返ってきた。  

 何でそんな格好で寝るの?と言いたくなるのだが、それが癖なのだからしょうがない。右の股関節を屈曲したまま体重をかけて寝ているのだから朝股関節周りが痛くなるのは当然である。少し寝づらくても寝相を治すように指示したら治療の効果が上がって愁訴は無くなってしまった。 それまで何年も同じ姿勢で寝てきて何の問題も起こさなかったのに、何故?と患者さんは思いがちだが、身体の老化に伴い、それまでなんでもなかった寝相が大きな負担になってしまっていたと言うケースは少なくない。  

<夜間痛で目が覚めたり、朝起きがけに症状が強い場合必ずどうやって寝てるのかを問いただす必要がある>
  

 寝相だけに限らず、無意識で行う動作が痛みの原因になっている事は多い。それを見つけて指摘する。ただそれだけの事である。なにも鍼灸特有の効果で治すわけではない。しかし、これが患者さんの利益を守ることにつながる。  

<医療の無駄を省き日常臨床の質を高めるには鍼灸師こそが家庭医として活躍すべき>
 スポーツドクターやスポーツ鍼灸師にとって、選手の起こした障害から問題行動を類推する能力は非常に重要になるのは誰もが認めるところであろう。それは家庭医にとっても同じ事で、患者さんが起こした障害の原因を類推するにはスポーツとは比べ物にならないほど多岐に渡る人間の動作や習慣を熟知している必要が出てくる。症状から患者さんが気がつかない問題行動を言い当てるのはある種名人芸と言える。しかし、こうした名人芸をもった家庭医に誰もなろうとはしていない。医学の専門分化が進んだ今だからこそ、そうした家庭医が必要なのである。  

 ならばこそ我々鍼灸師が意図してそうした存在になるべきであると私は考えている。そんなに難しいことではない。人間に対する興味を持って色々と観察していけばおのずと身につくはずである。また、同業者間でまめな情報交換を行っていけば、そうした知識は飛躍的に向上するし、鍼灸師全体の能力を上げる事はたやすくなる。  

 私は日本の鍼灸界において行われている勉強会や学会、業界誌への投稿といった情報交換の場に、愁訴の原因となった問題行動を教えあうジャンルを創設する必要があると感じている。ヒヤリハット情報の交換と同じように、既にみんなが持っている情報を出し合うだけで、鍼灸師はとても役に立つ存在になれるのだとここに紹介した症例を通して私は伝えたい。
JUGEMテーマ:学問・学校

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