綱木獅子踊りマップ

  • 2018.07.12 Thursday
  • 21:39

今年の綱木獅子踊りのタイムスケジュールです。見たい演目や撮りたい映像が何時頃どこで行われているかの参考にして下さい。

衰退する伝統芸能を残すには

  • 2018.07.10 Tuesday
  • 14:19

 昨年綱木獅子踊りに関する取材が全国放送された。その影響で、綱木獅子踊り再興の秘訣を教えて欲しいとか、踊って見せてくれと言う依頼が多数保存会に寄せられるようになった。

 しかし、綱木獅子踊りは滅多なことで集落外には出せないので、依頼に応えることができず、主に綱木獅子踊りに関する資料を送ることで対処させてもらっている。そうした文書を書いている立場なので、いっそのこと自分のブログで公開することにした。

  

 

         
綱木獅子踊り復興に携わった経験から

                                   
 綱木獅子踊り保存会       加藤雅和

 


はじめに       
 東日本大震災で崩壊した集落を復興するのに、祭りが重要な役割を果たしていることに人々が気づき始めたからか、最近獅子踊りを始めとする伝統芸能についての研究やシンポジウムが盛んになっている。そんな中、村人が四人しかいなくなった綱木で毎年獅子踊りが行われているのは奇跡と賞賛され、継続の秘訣を問われることが多くなった。その復興に係わった一人として考えていることを書き留めておきたい。

 

 それぞれの行事や地域によって事情が違うため、綱木の試みが参考になるかは分からないが、同じような問題を抱えている人々にとっては情報がないよりはましだろうと思っている。あくまでも個人的な意見であることを了解願いたい。

 

私の立ち位置
 私は、平成元年に身を固めて帰郷したのを契機に獅子踊りに関わった。かつて祖父母が綱木に住んでいたことの縁で関わることを許された。私は綱木に住んだことがないので半分部外者的な立ち位置だった。

 

綱木獅子踊りの抱える問題
 綱木獅子踊りは推定四百年続いてきたと考えられ、一度も絶えたことがないと言い伝えられているので非常に古い形式を残しており、歴史的文化的価値が高いものである。にもかかわらず、集落の閉鎖性とプライドから一切の外部からの働きかけを拒んできたため、なんの文化財指定も受けていない。それでもこれまで伝わってきたのは、ひとえに綱木集落のプライドと獅子踊りそのものの魅力にかかっている。
 

   そんな獅子踊りが存亡の危機を迎えたのは平成十七年だった。原因は複数あった。まずは担い手の不足だった。綱木の過疎化進み、集落そのものの存亡が危うくなった。さらに、獅子踊りの習得が難しすぎるのと、伝授方法が古いため、技を伝えられなくなっていた。また、一人でも辞められては困るため、議論を避ける傾向があり、何も決められない状況が続いていた。

 

 つまり、担い手不足には過疎化と伝授方法と組織に問題を抱えていて、それを改善することが当事者だけでは難しくなっていたと言える。

 

復興の取り組み
 紆余曲折を経て存亡の危機は回避され、今は新旧交代がほぼ完了し、しばらくの間は存続できる状態になった。先のことは分からないが、ひとまずその危機を回避できた要因について並べておく。

 

 まずは人材不足については、当時の会長が綱木出身者で綱木を降りている四十代前後の人達に手紙を書き、獅子踊りへの参加を呼びかけた。結果として保存会メンバーの息子さん達から五人程応じてもらえて、それが今の中核メンバーに育った。

 

   継承者が絶対数不足している状況では、保存会メンバー自身が自分の息子に声をかけられなかったわけで、それをまとめて声がけし、応じてくれた人を一堂に会して顔合わせすることで、まとまった人材が確保できたと言える。継承者の負担分散化が保証されれば、やらせたい、やってみたいと言う動きが出てくることを示唆している。

 

 次にさらなる継承者の補充として、部外者に門戸を開いた訳だが、その行事や芸能に魅力があれば、部外者でも関わってみたいと思う人はいる。そうしたコアな担い手を如何に見つけるかが肝になる。これには広報活動と受け入れ態勢の整備が重要になる。特にその魅力をしっかり発信できるかも鍵だ。幸い綱木獅子踊りはあらゆる点で魅力的なので、それに関しては苦労はなかった。

 

 伝授方法については、大幅な改革が必要だった。笛の譜面化、太鼓や踊りのDVD化、間違いの検証とすり合わせなど教材の整備は苦労した。さらに、練習の主導権を若手に移譲してもらうのに手間取ったが、それを果たしてからはスムーズな練習が可能になった。まだ、歌や太鼓については課題を残しており、目下その充実が急務となっている。やはり、それぞれのパートリーダーと言える人をどう育てるかが鍵となる。

 

 組織については、一番難しい問題になる。いわゆる地域の結束が希薄になった今日、行事の構成員としての自覚が弱まり、それを様々な形で縛ろうとすれば反発され組織は崩壊する。現時点で綱木獅子踊りの練習や奉納がスムーズに行われ、人間関係も良好な最大の要因は、やりたい人だけ集まっているからだと言える。今は、人数が足りてきているので、都合の悪い人に無理な参加をお願いする必要は無くなっている。
 

   つまり、伝統行事を続けたいと思う人を必要な数集められるかどうかが鍵となる。

 

外部からのサポートについて
 綱木獅子踊りの危機を救った大きな要因に「綱木獅子踊りを考える会」の存在がある。これは綱木が所属する南原地区の公民館事業に関わる雨田秀人さんが中心となって立ち上げ、数人の協力者とともに運営している会である。

 

 そもそも綱木獅子踊りの閉鎖性が強すぎて、「存亡の危機に瀕していても部外者の手は借りない」という頑なさに配慮して、あくまでも外部環境を整える会であると表明したネーミングになっている。長い伝統を誇る行事であればあるほど高いプライドを持っているもので、それを傷つけない配慮が援助者には必要である。

 

 雨田さん達は膨大な援助活動を行っているにもかかわらず、常に黒衣に徹する姿勢を貫いておられる。また、練習には欠かさず足を運び、けして踊りには口出しせず、飲み会に必ず複数で参加して、獅子と保存会に対する敬意を払っておられる。こうした一貫した姿勢が当事者の心を打ち、信頼を獲得し、協力を引き出す力になっている。

 

 ちなみに「綱木獅子踊りを考える会」が関わってからの十六年間に成してきた援助の一部を並べてみる。まずは広報活動として、マスコミや行政などに獅子踊りの案内状を毎年送り続け、結果として多くのメディアから取り上げられ、その知名度を上げた。また、行政の支援も取り付ける事ができた。南原文化祭で綱木コーナーを開き、塩ビパイプの笛作り、獅子踊り写真展、保存会員のこけしや創作面の展示と毎年啓蒙に努めた。

 

 さらに綱木集落の魅力や歴史的価値を知ってもらうために、親子綱木自然探訪塾、兜山登山道整備と兜山登山、旧会津街道整備とワンデーマーチなどに参加協力した。各地の保存会とのネットワークに綱木を組み込むために、菊池和博東北文教大教授の研究に協力し、全国獅子踊りフェスティバルに綱木を参加させたり、各地の獅子踊りシンポジウムにメンバーを伴って参加した。

 

 獅子の装束や笛、太鼓の修理の費用などを様々な制度を活用して集めてきてくれたり、東北芸工大岡田靖先生の調査研究に協力する形で獅子頭の修理を実現した。長年懸案だった獅子頭や帷子(かたびら)に付ける矮鶏(ちやぼ)の羽根を八方手を尽くして集めてくれた。綱木獅子に加わりたいと志願してきた人々を保存会に紹介し、優秀な人材の確保に一肌脱いでくれた。お陰で今や七名もの部外者がメンバーとして定着してくれている。

 

 大事なのは伝統を繋いできた担い手と、その行事そのものに対する敬意を失わないことである。これは、神事に関わるものの心構えのようなものだ。その上で見捨てないことである。いつも側に寄り添いながら援助し続ける姿勢が担い手を励まし、力を発揮させる大事な要素である。間違っても補助金を与えて「さあ踊って見せろ」的な対応はしてはならない。

伝統行事の恩恵
 その土地の出身者にとっては、親や先祖から連綿と受け継がれてきた行事に関わることは、自分の存在を確たるものに出来るという恩恵がある。さらに、自分がその行事を繋いできたことを尊敬し、憧れてくれる子供や後継者が出来た時の喜びは何物にも代え難く、自分の存在に対する最大級のご褒美になる。そして、習い覚えた技を次の世代に教え育てる時間は正に至福の時となる。

 

 伝統行事にはこうした無情の喜びが含まれている。子育ては親だけが出来るものではなく、地域社会も大事な教育機関である。昨今の世情を鑑みれば、伝統行事を残すことの深い意義を軽視してはならない。

 

 また、外部から参加した人にとっては、そうした良質な人的環境に身を置くことの恩恵がある。伝統行事を守ろうとする人には奇特な人が多い。善男善女との縁を結ぶことが自分の人生にとって大きな宝になるのは間違いない。

 

 加えてその行事が持つ様々な魅力に関われる恩恵もある。それは学術的な興味だったり、仲間の確保だったり、芸能習得の楽しみだったり、希少価値を保存している誇りだったりと色々ある。そうした多面的な魅力が多くの人材を引きつけ伝統行事となって続いてゆく。

 

 東根から参加してくれているAさん夫妻は谷地の林家舞楽でも笛を吹いておられるが、「綱木獅子の魅力は四十もの曲が唱歌(しようが)とともに残されていることであり、それを覚える楽しみ、踊りに合わせる楽しみがいくらでも味わえる」と賞賛する。
小松から参加しているTさんは、「海外生活で日本文化について聞かれることが多かった経験から、なにか伝統的なものに係わりたいと思っていたので、縁あって綱木獅子踊りに係われて嬉しい」と話してくれた。 

 

 私は不明になっている綱木獅子踊りのルーツを解明することを、ライフワークにしたいと思っている。このように関わる人の興味は様々なのである。

 

なぜ限界集落で獅子踊りが続いているのか?
 この問いに対する答えは、「それに係わる全員の努力によるものである」となるのは言うまでもない。歴代会長や事務局の努力、替わりがいない中繋いでくれた笛の太夫、命がけで指導に当たってくれた古老達。綱木集落を終わらせまいとそこに住まい続けている人々など、本当に懸命に繋いできてくれたことを私は知っている。

 

 各自の功績を挙げればきりがないが、そうした努力を引き出しているものは何なのかを民俗学者の新谷尚紀氏の説に基づいて考察すれば、綱木は獅子踊りという伝統行事を保ってきた長い歴史によって、非常に強い結束力をもっており、行事を守り伝えようとするプライドと意識が高かったと言える。

 

 また、伝統を繋ぐには、伝え残すものと捨てるものを選択しながら、少しずつ変化させていくものなので、今回そうした事をしたからこそ繋ぐことが出来たとも言える。信仰と娯楽の両方を持つ行事は地域で受け継がれ伝統となっていくもので、綱木獅子踊りも信仰と娯楽の両面を持ち、非常に魅力的で奥が深い。

 

獅子自慢
 獅子頭は和紙を漆で固めた張り子で、会津塗りである。相当に古いものでその芸術性は高い。その黒と金と赤で彩られた獅子頭が背景の深い緑で鮮やかに浮かび上がり、青の衣装とともに絶好の被写体となっている。毎年それを楽しみに写真愛好家達が撮影に集まる。

 

 上手な踊りは見てて惚れ惚れする。かつての名手の踊りも生き獅子と称され、獅子が憑依して踊っているかのような迫力で、トランス状態になることもあった。笛も名人ともなると獅子を自在に踊らせる。興に入ると聞き惚れる名演となる。太鼓の構えと叩く様の美しさは綱木獅子踊りの特徴であり、特に獅子を追い立てた後、庭の真ん中で三つの太鼓が向かい合って叩く様は、何とも勇壮でかっこが良い。こうした事が、私たちを引きつける綱木獅子踊りの魅力だ。

 

 また、縁起書などが何も残っていないものの、現存する獅子頭、演目、決まり事、周辺資料などを勘案すると、四百年以上前の姿を保っている可能性が高く、米沢周辺で現存する獅子踊りで最も古いものであることが分かってきた。さらなる史料の発掘で、その歴史的価値を同定することも大きな興味である。

 

 お盆の八月十五日に奉納される獅子踊りは、寺前の庭で踊るだけでなく、集落の上から下まで大纏を先頭に隊列を組み道中を流して練り歩くことから始まる。その間四つも曲を使い分ける。さらに、円照寺の階段下で壇ノ浦の戦い前夜笛の名手平(たいらの)敦(あつ)盛(もり)が青葉の笛で吹いたと伝わる「入り庭(は)の曲」を静かに奏で、そこから石段を一時間近くかけながら集落や様々なものを言(こと)祝(ほ)ぐ唄を歌いながら登ってゆく様は、集落全てを舞台とした一大野外劇とも言える醍醐味がある。

 

   世代交代も進み、これからが伸び盛りだ。年々上手くなっていく姿を楽しみにしている。いずれ立派な踊りを奉納出来るようになりたいと皆で精進している。

 

さいごに
  「伝統の火を消すのはもったいないから繋げ」と外野が唱えるのは、無責任で暴力的な行為だ。また、補助金だけを与えて事足れりとするのも無礼な話だ。伝統行事は何らかの信仰に基づいているので、単なる門付け芸能ではない。フェスティバルを開催してそれぞれの地域の芸能自慢大会に補助金を出せば良いものなどではない。 存続の危機に瀕している伝統行事は、集落としての機能を失っているからこそ続けられなくなっているのであって、まずは正常な集落の機能を回復することの方が先である。

 

 しかし、それも単なる理想論で、伝統行事を繋ぐことで集落の機能を正常化する方法を模索しているのが現状だろう。だとすれば、まずはその行事の魅力を増すことである。行事の担い手を縛ってやらせることなど時代錯誤である。

 

 やることが楽しいと感じている者を募って小規模でも良いから楽しんでやることが一番だ。楽しそうにやっている所には必ず人が集まる。実はそれが一番の秘訣である。

                                                            平成二十九年師走

綱木獅子踊り奉納 8月15日

  • 2018.07.06 Friday
  • 14:44

毎年お盆の8月15日は綱木獅子踊りの奉納で院長はお囃子の笛を吹いています。今年は若手のが成長が著しく、全体の完成度が高くなり、素晴らしい奉納になると思います。朝9時頃からの開始で、お昼過ぎまでやっています。場所は綱木部落です。400年以上前から連綿と継承されてきた門外不出置賜最古の獅子踊りです。是非ご覧下さい。