直虎 LOVE 自灯明

  • 2017.04.18 Tuesday
  • 20:58

自灯明


 第13回のNHK大河ドラマ「女城主直虎」の名場面

 

 領内の村から借金棒引きの嘆願がだされた。それに対する奇策を思いついたものの本当に実行して良いものか悩む直虎。相談に乗った南渓和尚の言葉が私の心をとらえた。 

 

 直虎の考えた奇策とは、銭主(貸し主)である瀬戸村の方久という商人に領地を与え、その領民を使って商売をさせることで年貢を増やし、それを借金の返済に充てると云うもの。それを聞いた南渓和尚は、「わしは相当におもしろい考えじゃと思うが、何を迷う」と尋ねる。

 

直虎は「あのようなことをして許されるのかと、、、」と案じる。

 

「許されるも何も、おぬしには筆一本でそれが出来る力があるではないか」と和尚は決断を促す。

「私は今まで力がないと云うのは悔しいことだと思うておりました。なれど、力を持つと云うのは、実はとても怖いことなのだと。
私の決めたことがまこととなるということは、、」と権力の影響力と責任の重大さを自覚する直虎に、釈迦入滅前の教えをもって南渓和尚は諭す。

 

「かようなことに正解など無いしのう。結果が良ければ正解とされ、そうでなければ間違いとされる。うまく行くかいかぬかは、だーれも請け負うてはくれぬ。己の信じたものを灯りとし進んでいくしかないのう」

 

直虎はその意味を理解し問いかける。「自灯明。でございますか」

 

それに答える和尚の言葉がすばらしかった。

「自灯明は人の上に立つものの喜びであり、また辛さでもあろうのう」

 

 自営業者は常に経営判断を迫られながら生きている。思い通りにはならない経営に、自分の判断が間違っているのか?自分が乗っている波が悪いのかと悩みは尽きない。寝ても覚めても経営のことが頭を離れない。そんなことを長年繰り返して来ると南渓和尚の言葉が実感として染み入ってくる。

 

「経営に正解などないよ。うまく行けば世間はそれを正解だと言うし、うまく行かなければ間違いだと評価する。にもかかわらず、世間の誰も成功を請け負ってはくれない。だから結局は自分の心に灯る明かりに従って信じる道を歩んでいくしか無いのさ。」

 

 結局経営に正解はない。結果のみで判断される厳しい世界なのだ。しかし、成功の法則がないかと言えばそうではない。商を長く続けることを是とすれば、おのずとやるべき事、守るべき事、してはならないことの原則は確かに存在する。その原則に則ることが法灯明であり、最終的に自分が何を成し遂げたいかによって向かうべき道を決めるのが自灯明となる。自分の心に住む仏性を信じ、それが照らす明かりを頼りに道を進んでいくことが正解のない世界の歩み方だと和尚は諭す。

 

 そして最後に、他人の指示に従うのではなく、自分の心の明かりを頼りに道を進んでいける事は人の上に立つもの(自営業者もしかり)にとっての誇りであり、喜びである。と同時に辛さでもあると深い言葉で締めくくる。

 

 最近事業継承を見据えながら今後の経営の方向性を模索している私にとって、進むべき道を照らしてくれたありがたい内容だった。

直虎 LOVE

  • 2017.03.27 Monday
  • 01:04

第12話にも私の心を捉えた名シーンがあった。

 

次郎が幼なじみの政次に見放され、直親の敵を討とうと槍を持ち出して暴れたシーンだ。

次郎が自分のことを責めてこう言った。

 

「どうしろと言うのじゃ。

われのせいで直親は死んだ。

藤七郎も孫一郎も大爺様も左馬介おじ様も中野殿も

われは災厄をもたらすだけじゃ。われには災厄をもたらす力だけはある。

ならばこれ以外、これ以外われに何ができると言うのじゃ」

 

 

それを見た小坊主が

 

「あの、竜宮小僧では? 次郎様は 井伊の竜宮小僧ではございませんでしたか」

 

と声をかける。

 

そして南渓和尚が次郎にこう諭し問いかける。

 

 

「己を責めたとて死んだものは返らぬ

 じゃが 生きておるものは死んだものを己の中で生かすことができる

 たとえば偲ぶことで    たとえば倣うことで    ときには倣わぬことで    他には 無いかのう」

 

 

その問いに次郎はかつて亀之丞に言った自分の言葉を思い出す。

 

「われが亀の手足となる。いざとなれば太刀を帯き、戦にも行ってやる」

 

そして自分の決意を口にする。

 

「亀にこの身を捧げる。亀の魂を宿し、亀となって生きてゆく」

 

和尚はそれを受け止める。

 

「それが おぬしの答えなのじゃな」

 

亡くなった人を悼むとき、その死に対して自分に責めはないのだろうかと問いかけてしまうことがある。

東日本大震災の時も家族の死に対して生き残った自分を責め続けている人もいる。

そんな人になんと声をかけて良いものだろうかと悩んできた。

そして南渓和尚が私にその答えをくれた。

 

津波が来たとき生死を分けた判断ミスに対して、「なんであのとき戻ったんだ!」と故人を責めたくなり、「何であのとき強引に止めなかったんだ」と自分を責めたくもなる。その二つの後悔が無限に頭の中で繰り返されている人には南渓和尚の言葉は見事な終止符を打ってくれる。

 

「自分を責めたとしても亡くなった人は返らない。でも、生きている人は亡くなった人を自分の中で生かすことができる。

たとえばその人を偲ぶことで、たとえばその人にならうことで、時にはならわぬことで、外には無いかなあ?」

 

判断ミスを犯し、命を失った人を責めるのではなく、亡くなった人のミスにならわないようにすることで故人を自分の中で生かすことができる。今回も素晴らしいメッセージを受け取った放送だった。

 

NHK 大河ドラマ 直虎

  • 2017.03.03 Friday
  • 20:02

 

   大河ドラマ真田丸を楽しく見終わってちょっと気が抜けた。今風に言うと真田丸ロスって所だろう。なので次の「女城主直虎」の番宣を見てもあまりそそられないでいた。そしたら家内が「録画しておいた大河ドラマ見る?」と誘ってきた。こういうときはかみさんの言葉に従っておいた方が無難だ。と素直に応じた。

  

   第二回目は直虎幼少期の頃の話で、井伊家を継ぐために分家の嫡男・亀之丞と夫婦縁組みをするのだが、亀之丞は身体が弱く自分に自信が持てず、幼なじみの鶴丸と比べ「自分は出来そこないだ」と卑下するシーンがあった。それをなだめて励ますおとわ(直虎の幼名)の言葉が私の心を捕まえた。

 

亀:どうせ長くは生きられぬような身体じゃ、ほっといてくれ!
お:亀に何かあれば井伊はどうなるのじゃ。井伊の家督を継ぐのは亀しかおらぬじゃろ。
亀:それも俺でないほうが良いではないか。そうじゃろ。鶴のように頭がよいわけでもなく、おとわのように身体が動くわけでもなく、俺など、ただ伊井の血を引いてるだけの、ただの出来そこないではないか。
ピシャ(おとわが亀之上を平手打ち)
お:われの夫は出来そこないではない。誰よりも笛がうまく人を引きつける笑顔を持ち、なれど本当は人一倍負けん気で、辛いときも決して辛いと言わん。良い男じゃ。もしこのまま身体が強うならなければ、われが亀の手足となる。亀の代わりにわれが馬に乗り村々を回る。いざとなれば太刀を帯(は)き、いくさにも行ってやる。じゃからそんなことを言うな。言うなー

 

   人は、「宿命」や「運命」と呼ばれる自分では動かしがたいものを背負って生まれてくる。それを受け入れどう対応して生きるかによって、その人生の真価が決まる。おとわは、自己卑下する亀之丞にたいし、「あんたが自分を出来そこないと言うなら、その妻になる私はどうなるの?あんたの心の優しさと強さは一級品よ、足らないところは私が代わってあげる。だから私の人生にケチつけないでよね!」と一喝した名シーンだった。

 

   結婚は、他人同士が一緒になるのだから努力なしにうまくいくことなどない。その努力が人を作り大人にする。ある意味博打のような結婚を成功に導くには、なんとしても自分が幸せになる覚悟が必要だ。亭主が妻を幸せにしないでいられなくするには愛情と、尊敬と、奉仕と脅しの四の字固めしかない。とにかく腹を決めて賢くやることだ。

 

   昨今亭主に不満があれば我慢などせず離婚すべきだと言う論調が大手を振っている。しかし、ダメ亭主をおだてて木に登らせるのが妻としての甲斐性だ。自分の結婚が成功だったかどうかはひとえに自分の腕に係っている。

 

   これって逆もまた真なりで亭主にも言えることだからね。

 

   我が家はどうかって?。。。。。ご存じの通りです。

LOVE&PEACE

  • 2017.01.05 Thursday
  • 23:31

先輩の年賀状

 

 敬愛する鍼灸の先輩から頂いた年賀状にはウルグアイの元大統領ホセムヒカ氏の国連リオ会議でのスピーチが書かれていました。

 

「私たちは発展するために生まれてきているのではなく、幸せになるためにこの地球にやってきたのです。貧乏な人とは少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはならない。愛情や人間関係、子供を育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。幸福が私たちの最も大切なものだからです。」と。

最近の先輩の年賀状のテーマはLOVE&PEACEです。

こうしたコテコテのメッセージを書いて送ってくれる先輩がいることが私の誇りです。治療家はいつもLOVE&PEACEが基本ですから。

 

以前研修病院のOB会で集まったとき、先輩は地元の農家が苦労していることを語りながら声を詰まらせていました。病気を治す事だけが鍼師の仕事じゃなく、その前に人々の幸せを願う心が大事です。仕事を通じて人格を磨いていく。先輩はそれを体現している人だと思いました。

 

ところで、ささやかなこだわりですが、当院の待合室に置く本のテーマは「しあわせ」です。手にとって幸せを感じたり、考えたりできる本をいろいろ物色しては購入してきます。今回買ってきたのは日本画(若冲百図)易(高島易断九星本歴)料理(フランス料理のニューウエーヴ)人生の先輩に聞く(つるとはな)です。お気に召せば幸いです。

 

 

すてきな保育園の先生たち

  • 2015.09.27 Sunday
  • 21:36


 ウチの子供が通っていた保育園のH先生。ウチの娘のことをよく見ていてくれた。娘は嬉しいことがあると私に抱きついてくる。そうして喜びを膨らます。H先生はそれをちゃんと気づいてくれている。

 ある日保育園で娘がとても喜ぶことがあったとき、娘は抱きつく先を目で探した。H先生は間髪入れず両手を広げて受け止めてくれていた。「あーここに預けても大丈夫だな」と思った瞬間だった。

 保育園に預け始めのころ、私は無理なお願いをした。「ウチの娘はいつも私のお腹の上でお昼寝をしています。だからよろしくお願いします」と。 すると連絡帳に書かれてきたH先生からのお返事は、「お昼寝はお腹の上でさせています。寝入ったら床に寝せるようにしています。最近は添い寝でも大丈夫になりました。」とあった。「もーH先生大好き!」親の心わしづかみの対応だった。

 下の子は男の子なのでじっとしていない。愛想が良く動き回っている。この子を保育園に預ける時は「とにかくじっとしていないので手に負えません。大変だと思いますがよろしくお願いします」だった。下の子はミルクやおっぱいよりものを食べる方を好んだ。なので先生は先にミルクを飲ませてから離乳食を与えるように工夫してくれた。

 あるとき子供と水風呂に入って遊んだら風邪を引かせてしまった。「ぬるいお風呂に水を入れてどんどん冷やしたら風邪を引かせてしまいました。」と先生に白状したら、「ミズ君になんてことするんですか」と叱られてしまった。我が子のように保育してくれているんだなーと分かって嬉しかった。

 娘の普段の様子を見たいと思って保育室に入らずにドアの外から覗いていたら、娘が男の子をこづいていた。「えっサトちゃんもそんなことするの?」思わずそう言って娘の前に飛び出した。娘は「まずい」という表情をしてさっと男の子の後ろに回り、肩に手を回して仲良くしているふりをした。でも、残りの手で脇腹をこづき続けていた。私はショックで先生の方を見たら、「みんなおんなじだぁー」と言ってくれた。ホッとしたのと同時に親ばかを優しくたしなめられた。

 そんな環境でうちの子達は育ててもらった。今も時々先生達が治療に見える。園のこと、子供達の成長のこといろいろと話に花が咲く。今も保育園の存在は私たち親子を支えてくれている。

大好きな仕事ぶり

  • 2015.09.19 Saturday
  • 23:59
良い仕事ぶりの人に触れるともの凄く幸せな気分になる。

   いつもストーブのメンテナンスをお願いしている会社のWさんがいる。もうすでに定年を迎えて嘱託で同じ会社に勤めている。私の願いは「お願いだから辞めないでね」だ。この人の仕事ぶりは本当に感心するし、気持ちが良い。私は全幅の信頼を寄せている。仕事ぶりが正直で、常に客の都合を考えて動いてくれる。料金もしかりである。何よりも人間が立派だ。礼儀正しく、仕事が早い。連絡や納品もこちらの仕事に障らないように配慮してくれる。彼の仕事ぶりを見ると私はとても幸せな気分になる。元気が出る。頑張る力が湧く。自分も良い仕事をしようという気持ちになる。

   人に幸せを伝えるのって、こういう形が一番素敵だと思う。心のこもった仕事ぶり。それによって街には沢山の幸せが行き交う。街づくり、国づくりってそう言うもんだと思う。

   耳鼻科のN先生、私がお薬を全部飲みきっていないことをお見通しだ。でもそれを叱ったりしない。「前に出したお薬はどのぐらい残ってますか?」と聞いてくれるので、正直に答える。すると「じゃあ後何日分だけ出しておきますね」と来る。時には「この薬高いんだけど、大丈夫かな」と聞いてくれる。ダメですとは答えられない私の表情を読み取って、程よいところを出してくれる。「助かったー」といつも思う。

 そんな先生だから、一緒に仕事をしている看護婦さん達の雰囲気も良い。子供に対する声がけも優しくその成長をいつも見守ってくれていることが伝わってくる。だから受診するとほっとする。自分もこんな雰囲気の治療院を造りたいと思う。